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 私はルーズな性格である。若い時分、あまりのいい加減さに友達から注意を受けたことが何度もある。それでもなかなか懲りていない。何につけ調子がいいところもあった。
 人との付き合いがそんなものだと、自分自身のことについても適当なところ、面倒くさがり屋の面があった。これでいろいろと経済的に損したことがある。でも反省したようで少しも反省していなかった。
 貯蓄を含めたお金の使い方も実にいい加減だった。唯一のめり込んでいたギャンブルであるパチンコでよく摩(す)ったものだったが、少しも懲りなかった。次は儲けてやるという妄想のような色気がどうしも出てしまう。なお、パチンコを含めてギャンブルには今はもう全く縁がない。
 40代前半に人事異動となった部署で出合った部下の一人の生き方が、その後のお金の使い方に影響を与えた。彼は大学生の頃に父親が突然に亡くなったという。それで経済的に苦労したこともあったようで、大学卒業前にいろいろと社会勉強をする破目になった。それがその後の彼の人格形成に影響したようである。世の中の仕組みはこうなっていてこういうふうに回っている、特に経済的にはこんな利害関係で人と人とのつながりは動いているということを社会人になる前から既に学び始めていた訳である。
 机を並べて仕事しながら、雑談や休憩時間に金融や保険のことを細かく教えてくれた。私は自分が加入している生命保険について、毎月の掛金はしっかり給料から天引きされているが、保障内容のことは死亡保険金ぐらいのことしか承知していなかった。そんなことではダメだと彼に説教されて、保険証書を家から持って来て見せると、特約を含めた具体的な保障内容だけでなく生命保険全般の知識を基礎から教えてくれた。バブル崩壊後の金融についても講義してくれた。大変勉強になった。
 彼は株には手を出していなかった。自分の持つ金融資産(親からの相続分も含めて)は常に手堅く運用していた。そこらあたりの考え方も何故そうなのか丁寧に話してくれた。彼とは3年程度の付き合いで再び異動となり、それ以降はあまり会う機会はなくなったが、私の方のお金に対する感覚がかなり変わった。金融資本主義の世界的な実態が少しずつ見えてきて、それを踏まえた自分なりの資産形成というものを考えるようになった。
 それまでの私の金銭感覚は細かいことにあまり頓着しないところがあって、職場の後輩や年下のマラソン仲間には食事や飲み会で気前よく奢ることがよくあった。割勘になった場合でも、少し多めに出してやったりしていた。
 これらをすべて見直すようにした。買い物の仕方も変化した。消費行動を煽るような宣伝には安易に乗らない。今の世の中の市場原理を冷静に観察するようになった。新聞の経済欄もよく読むようになり、世界や日本はこういうふうにして動いているのだということを学ぶ姿勢を身に付けるようにした。そういったグローバルな動きとスーパーなどの小売りの実態も少しずつ分かってきた。銀行の通帳の残高も常に確認し、家計というものをかなり意識するようになった。
 人に対して気前よく奢ったり、割り勘で多めに出すことは自分の見栄を張る(かっこよく見せる)ところがあるが、だからといって周りはさほどそのことに気づいてくれない。何も有り難いとは感じていない。そんなことも判ってきた。
 他方で我が子が高校、大学へと進学すると教育費も嵩んでくる。決して教育熱心な家庭ではなかったが、必要な出費は惜しみたくはない。結局、暢気に好きなだけお金を使う生活はいずれ行き詰まるようになっていたのである。
 いわゆる中年層に該当するような年齢になると、自分の経済的な将来設計、退職後の蓄えも気になりだしてきた。生命保険の外交のおばちゃんが職場にやって来て年金の説明をされると、真面目に聞き入っている自分に気がつく。そして勧められたとおりに入ることとなる。今まででは考えられない行動の早さである。バブル崩壊後だったが、まだそこそこの金利があった時代である。後から振り返ってあの時の年金に加入していて本当によかったと思った。60歳でキッパリ仕事を辞めて収入が無くなった際、結果的にそれが役立ってくれたからである。
 そして現在、資産運用や利殖などと言っても自分の人生の先は見えている。投資詐欺に引っかかるようなお金への色気もあまりない(と言いつつまだまだ注意すべきだが)。世の中のお金は回るべくして回るようになっていて、人と人との関係は持ちつ持たれつという意識や価値観が強くなってきている。
 私に対していろいろ教えてくれた元部下は、50歳前後で早期退職した。もう20年近く会っていない。退職の挨拶の際に言った最後の言葉が今も記憶に残っている。「これから働かなくても何とかやっていけるので、好きなことをしながら暮らしたい」と告げて去ったのである。おそらくそれなりの蓄えがあるのだろう。何か事業を起こして一勝負したいという感じではなかった。今振り返ってみると、彼らしい選択をしたのだと思う。当時の私は全く理解できなかったが、今になって振り返ってみると、少し分かるような気がしてきた。彼は自分の老境を見越していたように思えるのである。

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