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長山長寿会には毎年、春に日帰り旅行、秋には一泊旅行の楽しい思い出があります。中でも忘れられないのは平成22年10月伊香保温泉一泊と富岡製糸工場見学でした。

伊香保の温泉旅館の一夜は楽しく部屋割りもスムーズで飲めや歌えで大広間からお部屋に戻ってもお話は尽きませんでした。

翌日は晴れ渡り早朝の伊香保温泉湯本までの散策はすがすがしかったです。

朝食後バスに乗り込み目的の富岡製糸場です。

「ああ野麦峠」で知られるようになりましたが、戦前からいや明治、大正のころからでしょうか絹糸やホームスパン工場で働いた女性たちの命を懸けた哀しい一面がありました。

家族に給金を送るため、住み込みや寄宿舎で昼夜を問わず、働きました。働かされたのですね。そこで体を壊したり結核を患って里に返されたりした途中で亡くなったりのいわゆる女工哀史物語です。

戦後憲法ができたり労働法ができたりして、昭和30年代は少し良くなりました。最後のあたりをかすかに私は覚えています。それで製糸工場見学と聞いてすぐ申し込みました。

でも富岡製紙工場は建物も洋風で立派なものでした。別館には中に入ると医院や休憩室もありさすが官が作ったもので見本的な製糸工場です。世界遺産になったのも当然ですね。私の育った福島県桑折町にも製糸工場は3軒いや3社ほどありました。ひとつはグンゼ工場、後は地元企業です。小川には繭から糸を取った後の産業水の匂いがしてました。通称「ひびつ」と言ってましたが、通学の生き返りに臭いをかがされました。今は工場は閉鎖されフクシマ原発から避難した方々の仮設として使われているようです。桑折駅から我が家までの道路沿いにありました。そんな過去を思い出す富岡製糸工場でした。帰りの館林で買った植木のミカンも柚子も実を付けて元気です。みかんの節になると思い出しています。一人ではいけないところを長寿会旅行で楽しませてもらったのでした。感謝。

星空を独り占めする露天風呂

気配りの宿でにっこり酔いつぶれ

裏話続々と出る生き字引

宿の裏用心深い顔で抜け

ケータイは誰も持たない長寿会

買い物の迷子を捜すバスの札

手招きが上手なホテルウィンドー

長山長寿会30周年記念誌から抜粋

 

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富岡製糸場遺産群見学”にコメントをどうぞ

  1. 佐藤 千四 on 2017年3月1日 at 5:18 PM :

    こんにちは。
    私も昨年同志を募って世界遺産富岡製糸場を見学しました。20年位前にも見学したのですが当時より周辺も整理されて町全体がきれいになっていました。
    私の住む福島県桑折町もかつては製糸の町でした。お蚕さまの故に「桑」の字になったほど。製糸工場には近郷から多数の婦女が集まり町はそれはそれは賑わっておりました。各工場には女学校が併設されておりました。「ああ野麦峠」の面影はありません。「ヒビツ」は養魚場で鯉の餌になっていましたが食糧難の折りには食べた人もおりました。日本銀行福島支店が東北で一番先に設置されたのは当時日本の重要産業であった製糸産業の故です。が、時代は変わり往時の桑畑は今モモ畑リンゴ畑に変身。新しい産業になっています。
    桑折町役場前には「枝垂れ桑」の樹が往時を偲んでいます。

         桑も桃もそれから酒も日本一

    • 太田 紀伊子 on 2017年3月2日 at 7:39 AM :

      佐藤千四さま
      おはようございます。
       桑も桃もそれから酒も日本一  千四
      まさに詳しくありがとうございます。桑折は東北線の駅名にもなってにぎわっていたのですね。お蚕様と言って絹の産地で桑畑ばかりでした。そこが今はフルーツになったのですね。桃もリンゴも最高においしいです。
      「枝垂れ桑」は知りませんでした。今度しっかり見てきますね。ありがとうございました。
      日本銀行福島支店は立派でした。その隣のビルに通って、毎日見てましたので懐かしいです。
      そういえば福島市には千四さんの東邦銀行本店のほかに勧業銀行、興行銀行、富士銀行、常陽銀行、秋田銀行商工中金、福島信金他金融機関が沢山ありました。それも製糸工場が多かったせいなのですね。もちろんお米もですが・・いろいろありがとうございました。

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