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 月曜日(14日)から、元請の担当部長、出向社員、夫(社長)と私と番頭さんで会議を開き、『出向協定書』の内容確認(やがて1年になるけど、どうも出向社員に伝わってないと思ったので元請にお願いする)をするという難儀からスタートした今週でしたが、やっぱり本音でぶつかり合うもんだ、充実した1週間が無事終わりました。

 改めて、『男は頑固が頼もしい』と『骨がある』と思いました。出向社員さんは、うちの事を思い立ち動いてくれていたんだと感謝でした。

 会議のなかで、「依頼された事をやらないで断る事はしたくない。困って振ってきた仕事なら尚更やる。うちは下請けなんだ。私が動く」と頑張ってよかったです。

 何度も工場を往復し、あれこれ話すなかで、「お母ちゃんとこの若い衆が6人来た時、俺が面倒見たんだよ。お母ちゃんとこの何も出来んかったなぁ。だけど、あん時からお母ちゃんとこ大きくなって行ったんだよなぁ」と、昭和の終わりから平成へかけての懐かしい昔話もしました。

 陸のトンネルの仕事をやらせてもらっていたんですが、受注が切れた時代でした。そういう時は他の下請けさんの分野の地下のトンネル(下水)の仕事を分けてもらうのですが、あの時は分けてもらえる量がなくて、夫が「親子4人なら俺が食べさせるから、この際辞めよう」と言っていた頃の事で、私の頭には父と継母、従業員があり、結論が出せずにいたら、

 元請のほうから、若い従業員を持っているから、元請の工場(その頃は実作業をする職員が100人くらいはいたと思う)で育ててみようよう、と言ってくれ、二つの工場に4人、6人と分かれて教育してもらった時代の事を思い出し眠れなかったです。

 「仕事は自分で探す」そういう教育をされた職員さんたちも40年もたつといろんな人間に。定年を間近にしてのんびりされている人もいる、そんななかで、一日中働きづめの下請けに出向となり、自分より若くて、まだ仕事内容も把握出来てない担当職員との間での一年間の心労を思い、月曜日には随分勝手な意見をしたと、日に日に反省の一週間でした。

 今日は、細井道子さんと、『NHK学園全国川柳大会』へ出席します。帰宅したら私の事ではなく、道子さんの事で、嬉しい書き込み追記が出来ます。お楽しみに。行ってきます。

 

 



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