9万句に近い公募川柳の選考会がありました。
ここひと月、この選考に時間を費やしてきましたが、本日、大賞以下の受賞句、入選句が決まりホッとしております。
ゲスト選者のタレントの方、ニュース解説のコメンテーターの方も7年、10年と一緒に選考をしてくださっているので、すっかり川柳の良い作品を見出す目を持たれ、良い句が選ばれたと存じます。
また、今年初めて特別選者となった女性のタレントさんも、近年母になったばかりという実体験をもとに、共感から作品を選んでくださいましたが、その句評の素晴らしい事。
一芸に秀でた方々の目は、川柳という文芸にとっても大きな財産になります。
私が行った一次選考(90000→400)は、そういった方々に形式と内容の整った句を提供するような役割。
それにしても9万句を読むのは、もう頭が白くなりそうでした・・・。
発表は五月中旬です。

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9万句をおひとりで選句——その事実に、選者としての真摯さと責任感を深く感じます。
かつて、某川柳社の誌上大会で粗選をスタッフが担っていることに気づき、代表に直接指摘したことがあります。返ってきたのは「あなたは何もわかっちゃいない」という一言でした。他の公募でも同様の慣行があるとの噂を耳にしており、あの言葉の意味を今も苦々しく思い返します。
全投句に目を通すことは、選者の最低限の義務であるはずです。9万句を読み切り、選び切った末に「真っ白」になる——それは疲弊ではなく、選者が句と真正面から向き合った証ではないでしょうか。その消耗のなかにこそ、選句という行為の本質があると私は思います。自分もいつか、そのような「真っ白」を経験できる川柳人でありたい。そう強く感じました。
ありがとうございます。
20年前に言い出しっぺとなってしまったことから、こんなハメになりました。
かつては、多くても3万句程度でした。
「事務局が100句まで絞って、先生に大賞を決めてほしい」という依頼だったのですが、「言葉の行間を読むのは、ある程度訓練された川柳家でないと無理で、よい句を落としてしまう可能性があるので、こちらで一次選考して、社長さんはじめ選考会の皆さんに賞を決めていただきましょう」という逆提案をしたのが始まりでした。
やがて川柳公募が一般化し、5万句、最大時は16万句まで増えてしまい、募集期間を短くしておらうなどの修正をしてもらったのでした。
ずれにせよ、川柳家の目が一度通っているので、その中からどの句を選んでも、最低限のクオリティは、整っていることになるでしょう。
おっしゃる通り、選者の責任は、そこにありますので、全句見ることは最低限の使命でしょう。
去年まで、5~6万句だったのがゝ募集期間で5割増しになったのは、人気ばかりでなくAIの影響もありそうです。
テーマに対し変わったアプローチの作句、四阿も同じパターンの句に気づかされ、ペンネームをソートしてみると、同じ傾向の言葉遣いをしていることが分かりました。
内容的に入選レベルではないので、無視してもよかったのですが、AIとの関連も興味深く、ついデータ鶏に時間をかけてしまいました。
も白いですよ。
公募選者歴は23年ほどですが、その間の変化が如実に残っています。
これからの選は、選者が作品とさらに真摯な対峙がの姿勢を求められるでしょう。
ぜひ、明日の川柳の方向付けまで意識した選ををしてやってください。
川柳の未来を左右するのは、選者の意識と見識に左右されます。
過去を知り、今と対峙し、明日をすを考えるような選ができれば、川柳の未来はきっと明るいでしょう。
よろしくお願い申し上げます。