4月2日(日)
第120回静岡句会を開催しました。
出席者は、
勝叉恭子、米山明日歌、ケンジロウ、垣野佳子、遠藤まつゑ、渡辺遊石、
風間恵子、中村虚路狸、句ノ一、水品団石、植松蓮華、中前棋人の12名。
第1部 句評会から
● 分別がややこしいからとっておく 恭子
分別を、ぶんべつ、ふんべつ、どちらに読んでもおもしろい。
● お願いね苺とだけは混ぜないで 米山明日歌
こういう句はわからない(男性)という声もあった。何もそう難しくとることもない。
● 考えないで感じて欲しい君よ ケンジロウ
句の鑑賞には感じることが大切。人間関係然り。只、句のリズムがよく ない。
● 林檎の娘お国訛が咲いている 遊石
娘→(こ)と読ませてもいいのかという問いかけもあった。まあこの句の場合違和感はない。
● 蹴るものが色々あっていそがしい 棋人
綿矢リサの「蹴りたい背中」を思い出した人もいた。好きだけど、ちょっと蹴りたい人もいる。蹴りたい物もある。事もある。
第2部 句会
宿題「板」水品団石 選
板切れのひとつに夫の跡がある 恵子
お隣の雨戸が開いてホッとする まつゑ
俎板でストレス解消微塵切り まつゑ
俎板に日向ぼっこをさせました 棋人
まゆつばが板についたなこの顔に 虚路狸
戻れない悪女の役が板につき 明日歌
胸板の厚さはきっと母ゆずり 句ノ一
看板になってほしいと頼まれる 棋人
秀句
板チョコでぶってやりたくなるアイツ ケンジロウ
あすなろとして生きあすなろとして板になる ケンジロウ
絶頂の胸板厚く見せている 遊石
特選
待ちわびて男を刻む葱きざむ 蓮華
宿題「板」句ノ一 選
板チョコでぶってやりたくなるアイツ ケンジロウ
お隣の雨戸が開いてホッとする まつゑ
俎板の魚に睨み返される 団石
胸板の厚い男と往く迷路 蓮華
板長のまかないメシが美味すぎる 団石
俎はやっぱり板の方が好き 恵子
俎板に乗った魚が見得を切る 遊石
まゆつばが板についたなこの顔に 虚路狸
秀句
板切れのひとつに夫の跡がある 恵子
古民家の板間に風の通り道 恭子
花びらが入って届く回覧板 明日歌
特選
俎板に日向ぼっこをさせました 棋人
第3部 サロン
第5回卑弥呼の里誌上川柳大会、特選句の鑑賞をしました。
☆ 真実はとてもさみしい雨になる ひとり静
他4句。
次回静岡句会は、
5月7日(日)「コミュ二ティながいずみ」で行います。
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こんにちは。
120回というのは、とても気持ちのいい数字ですね。
板というお題で色々な発想があるものだと再発見でした。
お隣の雨戸が気になるというご近所付き合いはうらやましいです。一番頼りになるのは近くに住む人かもしれません。
板チョコでぶってやりたい作者は女子高生かと思いました。裏返しの女心をよくご存知ですね…^^
日向ぼっこをさせたい俎板はご自身でしょうか。叩かれてびしょ濡れになって痛い思いをしてばかりの毎日。お疲れさま〜。せめて春の一日には、ゆっくり日向ぼっこをしてくださいね。
待ちわびて男の人まで刻みたくなるのも分かるような気がします。リフレインが効いていますね。
花びらの回覧板は季節感たっぷり。ひらひらと迷い込んだのか誰かが挟んでおいたのか。桜並木のある町かしらと想像しています。
まずは選者ありきの大会なので、お気に入りでも日の目を見ない作品があります。句評会で忌憚のない感想をもらえるのはうれしいですね。自分では当たり前の感覚をチョット変わっていると認識することも新鮮な発見だったりします。
日本全国さくら真っ盛りですね。富士山と桜は似合い過ぎでしょうか。咲いた散ったと気ぜわしいことですが、みなさまも今年一度きりの春をゆっくりと楽しめますように…。
こんにちは。
長泉名所「鮎壺公園」の桜を観に行くつもりでいましたが、この日は寒いうえ、桜もまだ二分咲きくらいだったのでとりやめました。
静岡県東部では「富士霊園」の桜は有名です。昨年も川柳の仲間で見に行きました。
今年も近々見に行くことになると思います。
ここまで(御殿場)来ると富士山も、長泉からみるより大きくみえて迫力があります。
「板」いろいろな発想がでました。一人ではとてもこんなにはでてきません。
特に私は発想が狭くて、、、というか決め打ちをするタイプで、俎板と看板で作ろうと決めたらもう他は考えません。
花びらが入って届く回覧板
この句にはやられたと思いました。実は回覧板には拘りがあって、今まで何句も回覧板を詠んできましたが全没。(没を納得させられました)
選ってなんだろうな、と思うところもあります。まあこれでいいのかなと思うようになりました。(というか慣れました)
というのも当初は、囲碁の勝ち負けの感覚でみようとするところから抜けられなくて、なんか物足りないというか釈然としないものがありました。
今では、(当たり前というかへんないい方ですが)囲碁のように勝ち負けがはっきりしないところが川柳の魅力だと思っています。
川柳は、囲碁のようにその力を計ることはできませんが、勝った負けたの世界ではないだけに、それだけに選者の力量は問われることなるのではないかと思います。
恵さん
今月も元気になれるコメントをありがとうございました。(^O^)
恵さん、いつもコメントありがとうございます。暖かく見守ってくれる人がいるので、この欄を安心して覗けます。
私は選を,ただの通過点だと思っています。句の通る道でです。なんにも伝わらなかった人。そうそうと思う人。一番は、本人で、ヤッタ−と思えればいいかな。と、思っています。
回覧板ではなくて、本当は、花びらの入った手紙待っているんですが−。春ですからね。
棋人さん、霊園の桜は、16日くらいが満開みたいですよ。楽しみですね。
明日香さん、こんにちは。
通過点という考え方に、なるほどと納得です。そうこだわる必要もないし、でも嬉しい時は喜べば良いのですよね。学びの材料にできたらそれも良いチャンス。さすがは明日香さん、今年は少し気楽に川柳とお付き合いができそうです。ありがとうございます。
花びらの入ったお手紙なんてロマンティックですね。大切な人からのお便りかしら。やっぱり作品の種になることが実際にあったんだなぁと納得しました。それを一句に仕立てる時間も川柳の
楽しみですね。
霊園のお花見は吟行を兼ねてでしょうか。みなさまで楽しいひと時になりますように。
二人の文学賞作家のコメント刺激になる。(^0^)
今、
「川柳瓦版」の「線」ひょいとできた。このひょいとがいい。
それは楽しみ。京浜大会7課題もあるから、さくらを入れた句も作ろうかな。