Loading...Loading...

   適量の難しさ

                                                                                     川柳作家 三上 博史

 昭和55年3月に大学を卒業したが、社会人になると酒の飲み方も変わってくる。同僚との飲み会の約束があると、仕事も夕方の退勤時刻にはすんなり終わる(ようにする)。まずは馴染みの居酒屋に入る。酔いが回ってくると、2軒目はスナックへ行こうかという雰囲気になる。全員が賛成して言い出しっぺに付いて行く。
 昭和50年代のスナックでは、8トラ(こんな言葉はもう死語か)のカラオケが全盛だった。カウンターで順番に歌うのが暗黙のルール。トップバッターはだいたい決まっていて、マイクを握って歌集を見ながら歌い始める。カラオケボックスが出現するまでは、一人で何曲も歌いまくるというようなことはあまりなかった。ボトルキープのウィスキーを水割りでちびりちびりと飲みながら周りは聴いていた。
 ここでチーママなどに「お上手ですね」などと褒められる(おだてられる)と、ウィスキーの量も一気に捗る飲み方となる。しかしこれがいけない。呑み助の頭の中は単純に出来ている。明日のことを考えて適量を心がけているつもりでも、何かの弾みで一度箍が緩くなると、適量の戒めもどこかへ吹っ飛んで行ってしまう。
 翌朝に目が覚めて「やっちまった」と後悔するが、それで二日酔いが治まるはずはない。そんな飲み方を繰り返す。懲りることを知らない。適量を弁えてスマートに酒が楽しめるようになったのは、私の場合40歳を過ぎてからである。

  世界一バカな俺です二日酔い   博史

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K