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 毎週土曜は晩酌する日なのだが、そういう日の午後はサイクリングに代えて散歩している。近くの黒川沿いと東雲(しののめ)公園内を歩くのが定番なのだが、4月5日は別のコースに変更した。桜の満開時期なので、公園内の人混みを縫って高齢者が一人で歩くのも何か侘しく感じて些か気が引けたのである。ということで、方角を変えて黒川沿いをどこまでも南下して行くことにした。
 天気も晴れ渡っていて何人かの人と擦れ違った。夕暮れにはまだ早かった。何度も歩いている川堤なので、今回はもっと先の方まで足を延ばしてみようかという気になった。しばらく歩き続けると、途中で舗装も終わっていて砂利道になる。連日の雨の後で水たまりが何箇所も出来ていた。
 以前と何か少し違うなあという気配は何となく感じていた。歩きながら1台の車が私を追い越した。こんな細い道をわざわざ車で乗り入れるなんて、一体何しに来たのだろうと疑問が浮かんだ。
 そうしたら、数百メートル歩いた地点で下の写真のとおりの桜並木に出くわしたのである。驚き桃の木山椒の木ならぬ桜の木である。びっくり仰天。桜は7分か8分咲き程度だったか。花びらは少しも散っていなかった。40代か50代ぐらいに見える夫婦が犬の散歩をしていたが、それ以外は私一人だけ。貸し切り状態の花見である。騒音もない静寂な世界。人里離れた所の山桜に出遭ったような心境に近いだろうか。そこだけの異空間にいる感じがする。お蔭で辺りを気にせず桜を愛でて充分堪能できた。ほとんど誰もいないところで桜を観賞することの楽しさを覚え、家に帰ってからの晩酌も美味しく飲めた。
 桜の木の気持ちに寄り添えば、満開の時に桜は人に見られたいと思っているのだろうか。そもそも人に見られるために桜は咲くのか。見られなくとも咲いていた、あの川堤の桜の木は律儀な性格なのだろうか。咲き誇る桜は人間に対して超越的なところがあるような印象を持たせる。季節が巡れば桜は必ず咲く。開花したとか散ってしまったとか、そんな移ろいは、ひょっとしたら大きなお世話に感じているのではないか。擬人化された桜の木に思いを巡らしながら、土曜の夜のビールと燗酒を飲んだ。
 最後に、この穴場へ行くには少し難しい道を通らなければならない。幹線道路から入るには実に判りづらい細道である。案内表示などは全く設けられていない。表示を立てて車で乗り入れてもらっても、駐車できるスペースは数台程度である。そして、この細道は何と行き止まりになっている。アプローチの悪さを考えると、おそらく桜の名所としてはずっと穴場のままになるのではないか。参考までに言っておくが、桜並木の奥(東側)にはGNKドライブインジャパンという会社の自動車用のテストコースがあった。

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