朝明第12号(栃木県文芸家協会/2024年1月1日発行)特集[再スタート]
「嫌な再スタート」 三上 博史
今回の特集テーマを決める第1回編集会議は令和5年6月26日に開かれた。テーマの「再スタート」については、いつものようにすんなり決まったが、個人的にすぐ思いつくことがあり、私の場合はそのことを書かざるを得ないなあ、と心の中で深いため息をついた。
5年前、当時大阪に住んでいた娘夫婦のところに初孫が生まれた。私は61歳だった。孫娘の顔を眺めながら、この児が18歳を過ぎた頃には、ひょっとしたら東京の大学へ行っているのではないかと、勝手に想像していた。その頃の私は既に80歳近くになっているが、多分一人暮らしをしていて、孫娘もちょくちょく栃木のおじいちゃんのところへ遊びに来てくれているのではないかと、密かに期待したのである。
ところが現実はそれほど甘くない。還暦を過ぎた身体は否応なく老いていく。足腰が弱くなり、人間ドックで指摘されることも増えてきた。昨年66歳になり、いよいよ血圧の薬も服用するようになった。60歳の定年退職直後は、このままの体力と健康がずっと続いていくだろうと思い込んでいたが、その人生設計は儚い幻想に過ぎなかった。
2年前、娘夫婦がマンションを買って京都へ引っ越すことを検討していると言ってきた。婿さんの勤める会社の社宅に長く住んでいたが、いずれは退去せざるを得ない。孫娘も3歳になったので、いい区切りになるのだという。
私も人生のターミナルが近づけば、その時は娘夫婦の厄介になることがあるだろう。京都と栃木では余りにも遠距離で介護など到底できない。私が地元の施設にでも入居するようなことになったら、娘の家庭も面倒なことになるはずだ。何とか早めに手を打ったほうがいいのかもしれない。
そんなこんなでいろいろと考え始め、自分の終活が具体的に頭を過ることもあった。結論として、70歳ぐらいまでには京都へ引っ越そう。娘夫婦の近くに中古マンションを買うか借りるかして、隠居生活もどきを始めようと思い立った。
私は衣食住にほとんど興味がない。住む家などは雨漏りがしなければそれで充分であると思っている。
昨年老母が亡くなり、引っ越しに向けての具体的な検討を始めることとなる。持ち家や家財道具の処分など、頭の痛くなることが山ほど出てくる。墓終いも考えなければいけない。これからの二、三年間で少しずつ進めていくこととなる。
引っ越したら関西の川柳仲間との付き合いが始まるのだろうが、高齢者の身で栃木から離れることがとにかく淋しい。希望などあまり無い。既に鬱々たる思いを抱えている。
昨年亡くなった老母は、死期が近づいても周りに世話をやかせたり、迷惑がかかったりすることをとにかく嫌がった。それを信条のようにして、94歳までを元気に生き抜いた。その生き方、死に方の影響が息子の私にもあるようだ。
唯物論者としての冷ややかな視線で我が人生を全うしたい。
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