
Loading...
いわゆるセクハラについて、男女雇用機会均等法第11条では「対価型」と「環境型」の2種類あると規定している。
対価型のセクハラとは、労働者が嫌がっているにもかかわらず性的な言動を行い、これに抵抗しただけで不利な処遇にするようなものをいう。性的な関係を要求したが拒否されたため、その労働者を減給や降格に処する行為は、これに該当する。
環境型セクハラとは、労働者が嫌がっているにもかかわらず、性的な言動で就業環境を不快なものにし、仕事に集中できなくさせるようなものをいう。仕事中に性的な話題の会話を持ちかけるのはもちろんのこと、飲み会などでお酌させたり、料理の取り分けを強制するのもこれに該当する。
セクハラ防止に関する関係法令の改正は平成9年の頃のことだったと記憶している。当時の私は総務関係の部門に配属されていて係長職だった。法務関連の業務にも携わっていた。勤務中はデスクに向き合って仕事しながら、部下に平気でオヤジギャグを連発していた。ある時女子職員から「来月からセクハラ防止に関する法律ができます。下ネタで軽口を叩けるのは今のうちですよ」と逆にからかわれたことを憶えている。厳しい世の中になるなあとしみじみ感じた。
それから、業務以外のどんな発言や言葉遣いがダメなのか自分なりに勉強した。(若い)未婚女子職員に「まだ結婚はしないの?」と訊いたり、新婚の女子職員に「子供はまだ(作らないの)?」と、会話の中で何気なく話しかけたりすることもアウトだと分かった。さらによく調べてみると、セクハラ防止に早くから取り組んでいる欧米などでは、女性から男性へのセクハラ事例も結構あることを知った。女性上司が部下の男性に性的な行為を強要することをさすらしい。これには少し驚いた。日本ではなかなか考えられないことだからである。
当時の私がそれなりに考察したセクハラの概念、その認識について、日本と欧米では何かズレがあるように感じられた。「まだ結婚はしないの?」や「子供はまだ?」と尋ねることは、欧米のビジネス社会ではセクハラ(環境型)に該当するのだろうか。欧米人に質問したくなった。
ハラスメントの元々の意味は相手を不快にさせたり、困惑させたりする言動をさす。不快や困惑は、そもそもは受け取る側の主観の世界である。端(はな)から結婚する気のない人に「まだ結婚はしないの?」と質問しても、これはハラスメントにはなるまい。「結婚する気はありません」と、さらり受け流せばいいだけのことである。適齢期などとという言葉がほとんど死語になっている、何につけ多様性を重視する現代社会では、そう訊きたくなる心情もいずれはフェイドアウトすることになるだろうか。しかし完全には消滅しないと思われる。古い考え方の人も、逆にマイノリティーとして存在し続けるだろう。価値観や人生観(結婚観・家庭観)は人それぞれである。
受け取る側がハラスメントと感じれば、即ハラスメントと判定されるようなご時世にもなってきた。仕事中に、中年男子社員が若い女子社員に対して「今やっている(スマホ)画面の操作、おじさんにも教えてよ」と語りかけてきた場合、最近の若者感覚では「セクハラ! アウト!」になる、あるいはそれになりそうな口のきき方と受け取られかねないという話題をある雑誌で読んだ。何がセクハラかお分かりになるだろうか。きちんとした一人称を使わず「おじさん」と自称したことである。小さな子供の前なら自称の「おじさん」はセーフだが、仕事中の若い女子社員の前では不快で失礼なものの言い方になるのだという。親しみを込めたつもりなどという言い訳はもはや通用しないようだ。
アメリカ映画に「ローズ家の戦争」(1989年公開)というのがあった。壮絶な夫婦喧嘩を描いた作品である。日本ではなかなか考えられない過激なバトルが展開される。こういう映画を製作するアメリカでは、女が男に対してセクハラすることもあるだろうなあと思ってしまう。男女におけるセクハラもバトルも日米ではその概念にズレがある気がする。
