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 50歳を過ぎてから、感情の起伏とは全く関係ない場面で涙がよく出るようになった。人前で理由もなく涙を零すのは、奇異に思われる。涙が瞳を濡らすと、瞼を閉ざすパチクリを何度も繰り返す。そうするとその微細な飛沫がメガネのレンズに飛び散る。当然視界が悪くなる。それでメガネを拭く。しばらくするとまた涙が分泌されてパチクリ、またメガネを拭く。これを一日に何度も繰り返す。実に面倒くさい。パチクリはやらないようにして、不精せずハンカチを取り出してなるべく目を拭うようにした。さり気なくそれをやる。そうでないと不自然な(何で泣いているのか疑問に思われる)仕草に見られてしまう。
 そんなこんなしているうちに思い出すことがあった。生前の母親がかつてこの症状になったのである。60歳を過ぎた頃だったか。「涙が出てしょうもねえ」と栃木弁丸出しでいつも愚痴っていたものだった。そして、自分が同じようにそうなったのも母親からの遺伝なのだろうと私は勝手に結論づけた。
 60歳の定年間近の頃に、ドライアイに悩んでいる同僚と一緒に仕事をすることになった。ドライアイのことをかなり気にしていて、パソコンなどを使って目を酷使していると目がかすんだり痛くなったりするという。そんな悩みを何かの時に聞かされて、「私はドライアイの正反対のウェットなアイで苦労させられているよ」と打ち明けた。そうしたら、同僚は早速パソコンで調べてくれて「ドライもウェットも涙腺機能がおかしくなることなので、ウェットになるアイもドライアイの一種みたいなものだ」と情報提供してくれた。なるほどそうか、と納得して、このウェットアイ(勝手に自分で名付けただけだが)と一生付き合うことになるのかと観念したのだった。
 それから10数年が経ち、ある年の人間ドックで眼圧が高いことを指摘された。大学病院の眼科を受診し、診察の結果眼圧を下げる点眼薬を処方された。ついでに軽度の白内障にもなっているとの説明も受けた。症状は0~5段階あり、その第1段階に該当するという。確かにいくらかものがかすんで見える気がしていた。それから近くにある開業医を紹介され、眼圧については継続治療、さらに白内障については進行を抑える点眼薬を渡された。
 実はこの点眼薬が少し面倒くさい。1日6回目に差すのである。毎日回数を数えて日中の習慣にしなければいけない。最近何とか慣れてきた。そして気がつけば、ウェットアイがすっかり治っているではないか。こまめにハンカチで涙を拭き取ることが全くなくなった。以前なら外出時のハンカチは必需品。それも小まめに使うので、ズボンのお尻のポケットに入れて置くのは面倒なので、取り出しやすいようにいつも胸ポケットに差し込んでいた。これも元のお尻のポケットに戻った。
 それから、亡くなった母親のことを再び思い出した。母親も70歳過ぎて白内障と診断され、眼科開業医から私と同じ薬を処方されていた。点眼し始めるとウエットアイの症状は消えていた。愚痴もこぼさなくなった。期せずして親子が同じ目の症状で同じ対処をしていることに気がついた。

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