先日の午前中、大学病院の眼科を受診した。眼圧が高いので3か月に1回程度通っているのであるが、いつもの点眼薬を処方され、終わってからいつもの院外薬局に向かった。薬をもらう際にお薬手帳が無いことに気がついた。薬剤師の方は「それでは自宅で貼ってください」と、処方内容の記されたシールを渡してくれた。
家に帰って、戸棚や抽斗を開けて捜してみたが、手帳は見つからない。いつも診察カードなどと一緒に小さなポシェットに仕舞い込んでいるので、そもそも戸棚などにあるはずはないのである。
午前の時間がまだ余っていたので、今度は血圧で毎月受診している近くの循環器内科医院に行った。いつものように降圧剤の院外処方をもらい隣の薬局に行った。お薬手帳を失くしてしまったので、再交付を願い出ると快く承諾してくれた。そう言いながらも、前月にお薬をもらった際、お薬手帳を薬局側が渡し忘れたのではないか、預かってくれているのではないかとちょっぴり期待してみたのだが、雰囲気的にそんな感じは全くなかった。そのことを尋ねようともしなかった。
薬局を出て家に戻り、どうしても気になって再びじっくり捜し始めた。うーん、結局見つからず。いよいよ断念して再交付された手帳を大事にポシェットへ仕舞い込んだ。
とにかく嫌な感じである。手帳が忽然と消えた。あんなものを失くすはずはないという思いが強くある。ページを捲ってじっくり眺めるようなことなどはしない。薬を処方されるとシールを貼ってもらって、そのまま仕舞い込む。なぜ紛失したのだろう。うーーん。とにかく謎である。
つらつらと考えてみると、もし血圧の薬を毎月渡している薬局が先月返しそびれたのなら、大事なものとして私に連絡してくれるのではないか。病院で診察カードを落としてしまった場合などはそのように取り扱って対応するのが一般的だ。薬局だって不親切ではあるまい。私の電話番号は、隣りの医院に訊けばすぐに分かる。
こんな些細ともいえることで悩んでしまったのは、齢を重ねてあわてん坊なところが出てきたのではないか、その程度が酷くなったのではないかと少し神経質になっているからである。老いることは怖い。素直にそれを受け入れているようで実はなかなかそうでない時がある。予期せぬ出来事で慌てふためく。そしてそれを己の年齢の所為とあっさり結論づけることが素直にできない。人前では物分かりがよさそうな態度をとりながらも、自分のことに対してはまだ正直になれないもう一人の自分がいる。嗚呼、ほんの些細な挫折に弱い、弱ーい高齢者の私なのである。
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