「江戸川柳を楽しむ 朝日選書377」(神田忙人著・朝日新聞社刊・1989年初版)は、30数年前、川柳に興味を持ってから買い求め、手垢が付くくらいにページを捲って愛読していた。私が話題にする古川柳の話しのほとんどはここを拠り所としていて、折にふれ気に入った句を引用している。
昨年、地元の教育委員会の依頼で川柳入門講座の講師を3か月間担当した際も、古川柳のバイブルである「誹風柳多留」の説明をするにあたって、この本から人口に膾炙された名句をいくつも紹介した。その中の一つ「這えば立て立てば歩めの親心」(柳多留四五篇)は、受講生に向かって「よく口にするこのフレーズは諺などではありません。江戸時代の古い川柳なのです」と説明した記憶がある。
先日、パソコンの画面を開いている時にネットで何気なくこの句を検索したら、いくつもページがヒットしたが、このフレーズを川柳として紹介しているのでなく諺として解説しているものが多いのに驚いた。手元に「成語林 故事ことわざ慣用句」(尾上兼英監修・旺文社刊・1992年初版)という広辞苑みたいに重たい辞典がある。気になって繙いてみると、これも川柳としてではなくやはり諺として説明されており「這えば立て立てば歩めと親心わが身につもる老いを忘れて」という道歌(道徳的な短歌)も参考として載せている。
気になって「孝行のしたい時分に親は無し」(柳多留二二篇)もネットで調べてみると、元々は川柳であることに言及していない解説が多い。「成語林」もやはり触れていない。
私は再び驚いた。教訓的にも受け取れる古川柳の名句が一人歩きしながら次第に広まって、元来は川柳であることがほとんど忘れ去られている。これは何とも寂しい。
古川柳には道徳的、教訓的なものが確かに多く含まれている。これら以外にいくつもの名句が広まっている。あれもそうだ、これもそうだというのがすぐに挙げられる。例示したらキリがないのでこれらの二句に留めるが、江戸の古川柳は現代の川柳の原点である。これがぞんざいに扱われることがないようにすることも川柳の普及活動である。
Loading...

















































『江戸川柳を楽しむ』、聞いたことがある書名だなあと思って探したら、ちゃんと書棚にありました。
修学旅行の引率で東京へ行ったときに、神田で買ったもののようです(「¥400」と書いてある)が、買っただけで満足していました(そういうことが多い)。
年明けに、川柳を全く知らない方々(たぶん)を対象に、1時間半ほど「川柳とは何ぞや?」の話を依頼されており、川柳の歴史や古川柳にも触れなくてはと思っていたので、さっそく読んでいます。
いい機会を作ってもらい、ありがとうございます。
久美子さん、こちらこそありがとうございます。