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 先月、アメリカ政府の借金の上限、債務上限の引き上げ問題がニュースとして流れた。日本でもプライマリーバランス(基礎的な財政収支)のことが時折話題になる。
 私は経済には素人であり、もう半分隠居したような生活を送っている身だが、そういう立場から見ると、資本主義社会というのは、資本で成り立っていると同時に借金に依存しているのだなぁ、と今更ながらしみじみ感じている。
 資本がなくなると資本主義ではなくなるが、借金もすべて返済してなくなってしまえば、これも資本主義(金融資本主義)ではなくなる訳である。経済の知識もあまりない人間が何を戯(たわ)けたことを言っているのだと馬鹿にされそうであるが、泳ぐことを止めたら死んでしまう回遊魚のように、国・地方団体や企業などの法人は借金を返済し続けることが宿命なのである。個人が住宅や車のローンを背負って働き続けていても、大方の人間はいつかは完済することとなる。それを想定して、それを前提にローンを組んで何とか頑張って少しずつ返済する。もちろん金融機関などはその利子で儲けている。
 団体や法人と個人の違いはどこにあるのか。前者は債務が引き継がれていくが、後者は基本的に一代限りで引き継ぎはない。これによって責任感に大きな開きが出てくる。日本のプライマリーバランスが好転するのはいつなのだろうか? 絵に描いた餅のような気がしているのは私だけだろうか? アメリカ政府の借金上限も同じだろう。赤信号みんなで渡れば怖くない、という意識がありそうである。一人で背負う借金返済は夜も眠れないくらいの重圧感があるが、複数の人間が存在する組織ということになると、これを担う個々人は深刻な顔を見せながらも、一気に無責任へと走ってしまうリスクがある。後は野となれ山となれ、ともなりかねない。
 無責任な借金はなかなか減らない、増えていくものなのである。

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