30代前半だったと記憶しているが、ある日、書類の書き物のデスクワークが朝から私に課せられた。当時すでにワープロは普及していたが、どうしても手書きで作成しなければならない結構厄介な作業であった。黒ボールペンを執って神経を集中させ、黙々と何十枚も書き進めた。トイレ以外は席を立たず、お茶やコーヒーも飲まなかった。
お昼近くになって、予定よりかなりが捗ったことを確認してやっと手を休めた。それからまたボールペンを握って書き込みを再開する予定だったが、何故か急に指に力が入らなくなってしまった。いくらペン先に力を込めようとしても駄目だった。すべてカーボン紙を挟んだ書類だったので、筆圧を強くしなければいけなかったのである。そして一字一句間違いがないよう気を遣うものだった。そんな作業をずっと続けてお腹が相当空いてしまっていたのである。
結局、午前中の作業はそこで止めた。休憩時間になってお昼を食べて力を付けた。午後にまた再開した。指の疲れはある程度とれていたが、午前よりいくらか弱い筆圧で書き進めて夕方には何とか完了となった。
その時に感じたのは、指の疲れは仕方がないとしても、私の場合はお腹が空いたら何にも出来なくなるということである。よく「小腹が空く」などと言うが、私は小腹が空いたら何かを口に入れないと動けなくなる体質の人間であることがその時に分かった。以来その後の人生で、空腹になることを極度に恐れるようになった。例えば長い時間ハンドルを握って車を運転する。途中お腹が空いてくると、運転に集中できなくなる。低血糖症状のように手が震えたりする。これは相当ヤバい。コンビニを目にすれば、立ち寄ってパンでも買ってすぐに齧る。そうすれば一応は治まる。
ということで飴玉などもよく持ち歩くようにした。今でもそうしていて、昼下がりに散歩やサイクリングをしながら、おやつ時間である午後3時頃になるとそれを取り出して舐めるようにしている。そろそろお腹が空きそうになる頃合いが分かるので、手の震えの未然防止のように舐めるのである。
宴会などに出席して、乾杯の前にある偉い人の挨拶が長くなると内心腹立たしくなってくる。わざわざ腹を空かして席に着いているというのに、なかなか目の前の料理にあり付けない。そして力がなくなってきて手の震えが起きそうになる。だから、そんな時でも宴会の少し前にこっそり何かを口に入れたものだった。そうして自分の空腹感を何とか宥めすかすことが出来ると、人の話しも結構落ち着いて聴けるようになるのである。
齢を重ねても私の「空腹恐怖症」は依然として治っていない。こんなことは誰でも同じように起きるものなのかもしれないが、私の場合はその程度が甚だしいのである。年金生活の高齢者になって、最近は法事に出ることが多くなった。夜6時過ぎに始まるお通夜などに参列する時は要注意である。お焼香して帰るまでに空腹感を感じてしまうのが辛い。実は白状すると、葬儀会場へ向かう前に何か軽いものを予め口へ入れている場合が多い。長引いて夕食が8時近くになってしまうと不安になってくるからである。空腹はほんとに怖い。私には飴玉などが必需品だ。
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