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 もう20年近い前の話しである。50歳になる前後の頃だったと思うが、人事異動で(大学の)医学図書館の事務室へ配属(6年間)された。
 医学図書館とは医学関係図書がメインの蔵書だから、一般人が利用しようとしてもあまり面白くはない。地元の一般市民向けに一応は開放されていたが(そうすると国庫補助金がいくらか加算されたようだった)、何かの病気のことで入館して調べようとしても専門書・学術書がずらっと並んでいるだけである。どれも難しく書かれているので、当たり前のことだが、読んでもなかなか理解できるものではない。本屋の立ち読みで家庭医学書を捲った方が手っ取り早いだろう。
 さらに医学書といっても、医学専門雑誌(半分以上は英文の洋雑誌)が大半を占めており、なおかつそのほとんどが電子化されているので、学内の学生や職員の利用者はわざわざ来館するまでもなくPCから簡単に閲覧できる。
 受験の際の偏差値が高かった医学生も、漫画は読むがそれ以外の文字だけの本はあまり手にしない。だから文芸書のみならず、人文社会科学系の蔵書も数十年前の開学当初に比べてさほど増えてはいない。読まれるニーズがないのである。そういった面でも、一般人には魅力がない医学図書館なのである。
 定期試験の時に閲覧座席が混み合うぐらいで、それ以外は常に落ち着いた雰囲気である。事務員の職場環境としても決して悪くはなかった。一応はのどかだった。
 さて、何故そんなところへ司書資格のない私を含めた数名が配属されたかというと、ちょっとしたお家騒動みたいものが起きていたからである。人事交流があまりなく、司書という資格を有する10数名の職員の狭い職場である。人間関係において派閥や司書同士の反目が生まれて空気が淀んでいた。それで司書ではない事務員が投入されたという訳なのである。
 館内のいろいろな仕事を経験したが、司書の業務も担当して司書の専門性とは何なのだろうと素朴に疑問を感じた。資格はなくても要領を覚えれば図書館の仕事は誰でもできる。そんなことより司書という資格があることで変なプライドを持って日々の業務を行うデメリットの方が大きい。サービスの融通性が消えて、利用者への対応が硬直化してしまうのである。
 以下、記憶に残る図書館改革のことについて記していきたい。
 お家騒動があったきっかけは、新たに就任した図書館長(医学部の主任教授)が淀んだ事務室の空気を嗅ぎ取っていろいろな改革に乗り出したことに始まる。そしてその新館長を支援するような形で翌年に非司書の私などが送り込まれた。新館長は、着任早々図書館利用者へのサービス向上を図るために具体的な案をいろいろ考えたが、長年在籍する司書たちの抵抗に遭ってなかなか前へ進まなかったようなのである。
 具体案の一つに、館内での飲食禁止のルールの見直しがあった。閲覧座席は夏や冬の定期試験に入るとかなり入館者が増えて、ほぼ満席に近い状態になる。医学生・看護学生の入館は試験勉強のためなので長時間滞在する。蛍光灯の設置された座席にずっと座って教科書などを広げ、熱心に勉強し続ける。一応は飲食禁止となってはいるが、ペットボトル、紙パックの飲み物を持ち込む者が結構いた。小腹がすいてスナック菓子の袋を開けて食べる輩までもいた。これらは事実上黙認されていた。
 こういった実態が毎月開かれる館内の定例ミーティングで改めて問題となり、どう対処すべきか議論される時があった。そしてその議論の過程で、館長が突然「そもそも何故飲み物を持ち込んではいけないのか」と、出席者全員を前にして素朴な疑問を投げかけた。ある古株司書が「図書館は厳粛なところであるから禁止するのが当然の措置である」とタテマエ論をかざしてすかさず反論した。その後現実を踏まえていろいろな意見・改善策が交わされた。
 ペットボトルの水ぐらいは持ち込んでもいいのではないか。カーペットの床にこぼしてもいつかは乾いて元通りになるので問題はないだろう。麦茶や烏龍茶なども、仮にこぼしても大してカーペットの染みにはならないかもしれない。小腹が空くなら、スナック菓子を座席で食するのはダメとしても、館内の一角に飲食できるところを設けたらどうか。
 問題解決のために建設的な方向へ話し合いが向かい始めた。結論はペットボトルや紙パック、マイボトルなどの持ち込みを認める。ただしミネラルウォーター、麦茶・緑茶・烏龍茶などに限定する。ミルクティーやカフェオレなどのこぼしてカーペットに染みが出来るようなものは不可とする。これでまず飲み物についての取り扱いがまとまり、その具体的な運用が決定した。
 次の段階として、スナック菓子などの食べ物をどうするかの議論となった。おにぎりなどを持ち込んで食べる猛者(?)もいたが、何かを食べたがる者への対応をどうするか。その後のミーティングで、館内の一角に飲食コーナーを設けることを検討していたら、情報を聞きつけた自動販売機の業者が飲み物やコモパン(日持ちする菓子パン)などの販売機を置いてくれるという有り難い申し出をしてきた。業者は採算が合うと判断したようなのである。これで小腹だけでなく大腹(?)が空いたらパンにもありつけることとなった。どれほどの需要があったか不明ではあるが、自動販売機はずっと置かれていたのでそこそこの購入があったのだろう。
 振り返ってみて、保守的な図書館業界、司書の世界の中で、これは相当画期的な改革だったと思う。図書館への飲み物持ち込み可、自動販売機が用意された飲食コーナーの設置など、はっきり言えばそんな図書館、医学図書館は他所では聞いたことがないのではないか。そして結果的に利用者サービスの向上につながった。改革はやればできるのである。障害となるのは、頑迷固陋な考え方だけだった訳である。もちろん、開館時間の延長など、ほかにもいろいろとサービス改善の改革を試みた。これは割愛する。
 その後私は異動となり定年退職した。コロナもあり、飲食の取り扱いは現在どうなっているのか不明であるが、私には今でも懐かしい思い出の一つになっている。

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