川柳をやり始めて数年後、大阪の「川柳展望」(季刊)から誌友としての入会案内が届きあり、さらにその数年後、同じく大阪の「川柳文学コロキュウム」(当初隔月刊その後季刊)から会員としての誘いが来た。いずれの吟社とも快諾して入会した。それぞれ柳誌発行前の決められた日までに10句の雑詠を詠んで提出しなければならない。これがノルマとなる。
当時は毎夜10時頃に就寝していたが、提出締切り日が近づくと、仰向けになった暗い寝床の中で何か閃かないかと目を瞑っては詠まねばならぬ句のことを考えるのが日課になっていた。頭の中でいろいろと材料を探し、そこから一句思い浮かんではうつ伏せになって枕元の灯りを点ける。そしてメモ用紙に走り書きする。また灯りを消して仰向けになる。また一句思いついて、もう一度うつ伏せになって灯りを点けて走り書きする。こんなことを何回も繰り返していた。
布団の中に入ってから作句モードのスイッチが一旦入ってしまうと、なかなか寝つけなくなる。頭が冴えてくる。仰向けとうつ伏せを何度も繰り返して枕元の目覚まし時計の針を見ると、午後12時をとうに回っている。もう眠れない。更に何十回と仰向けとうつ伏せを繰り返す。気がつけば10句がほぼ出来上がり、いつの間にか夜明け近くになっていた。そんなことが度々あった。その後、日を改めて何度も推敲し、清書して提出すればノルマ達成となる。
寝不足となったその日の出勤は朝から少し辛かった。でも提出作品が出来上がっていく充実感も感じていた。40代の頃のことである。若かった。
作句モードのスイッチが入らないと、布団の中ですぐ寝落ちしてしまう。しかしノルマの締め切りが近づいてなかなか出来上がっていないと、それが無意識の中で気になっているのか、しっかり早起きしていることがある。そうなるとその時間がもったいない。有効活用をしようと、そこでまたいろいろ考え始めて夜明け前にスイッチが入り、目覚ましが鳴る頃には数句が出来上がっていることもあった。
今はもう高齢者なので作句モードのスイッチもなかなか入らなくなってきた。齢を重ねて自分の川柳が枯れてきたことは否めない。素直にそれを実感している。枯れてきたなら、枯れたなりの句を詠めばいいではないかと開き直っているこの頃である。
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