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 ここに来て、ブログの材料探しも行き詰ってきた感じもするので、いささか古いものであるが、平成19年元旦の下野新聞社「新春文芸」の短編小説部門(立松和平、松本富生 選)で佳作に入賞した作品を4回に分けて掲載することとしたい。これで4回分、16日は何とか持ちこたえられます。なお、佳作入賞なので、この作品は紙面には掲載されていない。

 

   もう一人の自分

「今日は始めてくれるのかしら?」
 嫌味を通り越し、諦めの念も籠ったような言葉に、いつもの亭主的な返事「うん」ではなく、とっさに「はい」と答えてしまった。そしてそんな自分に対して、いろいろ追い詰められたんだと、妙な実感を持った。
 妻の直子がしびれを切らすのは当然のことだ。新居への引っ越しまであと一ヶ月。家の事も息子三人の子育てもお任せだったことは別として、この家を立ち退くための片づけ作業は待ったなしの状態になっている。
 数週間前、自分が経営する鉄工会社の年末大掃除の陣頭指揮をとったばかりである。今度は我が家の片づけ作業で汗をかく。厳冬の朝の味噌汁を湯気の中で啜りながら、変な気合いが出てきた。
「とりあえず物置にあるものから始末していくからさ。そこから攻めていけば、来月の引っ越しまでにはなんとか間に合うはずだ。それでいいよね?」
 流し台の前に立ち、僕に背中を向けたままの直子の応答は、洗い物の音だけだった。
 日曜の新聞をゆっくり読む間もなく、そそくさと納豆と漬け物の朝ごはんを済ませ、いよいよ家の裏にある物置に入ることとなった。物置といっても、死んだ親父が建てた大谷石造りの二階建て、一体何が眠っているのか、置き去りの記憶達が埃を被って熟睡している。眠りを覚まさせていいのかどうか。何だか、昨夜の遅くまで続いた新年会の飲み疲れが一気にとれていくような緊張感が走る。
 中の階段を上がり、中学・高校時代の物から触り始める。教科書にノート、大学受験の参考書など、よくぞ捨てずに置いていたなと、我ながら感心する。しかし、処分しなければならない。新居にはこんな物置は無く、過去の大事な思い出だろうと何だろうと、とにかく置き場がないのだから…。とりあえず片づけていかないと、直子にまた何を言われるか分からない。小六を先頭に三人続く息子達も、すべてママの味方である。青春の思い出は宝なんだと言い張っても、そんな勝手な道理が通じるとは思えない。

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短編小説「もう一人の自分」(4-1)”にコメントをどうぞ

  1. 神山暁美 on 2022年5月17日 at 8:48 AM :

    読み物……好きです。連続4回楽しみにします。少し「重箱のスミつつき」
    ・1行目 始めくれる → 始めてくれる では?
    ・12行目 引っ越しにまでには → 引っ越しまでには では?(コレでいいです
                                      と言われそうですが)
    ・14行目 朝ご飯を済まし → 済ませ では?

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