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 小学生の頃、体育の授業でまずみんな一斉に準備体操をやるのが面倒くさかった。早く本番の実技(球技など)を始めればいいのにと、いつももどかしく感じていた。
 40歳の頃から体が固まりやすくなってきたようで、例えば朝の寝起きの時など、いきなり激しい動作はしない方がいいと、ある日ふと気がついた。体のアイドリング、ウォーミングアップの必要性を素直に感じたのである。
 それから逆のことにふと考えが及んだ。幼児や小学生は朝起きた時から結構動き回って体を全身で使っている。極端な言い方かもしれないが、目覚めた時から準備運動をずっと続けているようなものである。だから、体育の授業で最初にわざわざ準備体操などしなくてもいいのではないか。中学・高校、そして大人になって朝から動き回るようなことがなくなっていくにつれ、ようやくその必要性が増してくるのではないか。私なりにそう気がついたのである。幼少期における準備運動不要論を声高に唱えるつもりはないが、そこらあたり少し見直してもいいのではないかと今でも思っている。
 ここで話は少しずれるが、娘が小学生の頃、ある学年の時に保護者として町内の夏休みのラジオ体操担当になった。事前に会場を確保しラジカセも用意して準備万端整えたのだが、下級生と向き合って手本を示す6年生の女の子が初日から参加して来ない(小さな町内なのでその年の6年生はその女の子1人だった)。どうも早起きが苦手のようだった。それでは仕方がないと私が前に行き、音楽に合わせてラジオ体操を始めた。
 ところがである。ほとんど出来てない。形になっていない。もう何十年もやっていなかったので仕方がないと言えばそれまでだが、小学生たちの前でまったく示しがつかない。大恥をかいた。
 散々な初日だったので、その日職場にラジカセ持参で出勤して同僚に教えを乞うた。昼休みの時間、カセットの音楽に合わせ、腕を振っては脚を開いて、体を反らしたり屈んだりとやり始めたが、やはり完璧に出来る者は誰もいなかった。ところが偶然通りがかった上司が、俺は毎朝ラジオ体操をやっていると話してくれて、素直に教えを乞うことになった。ラジオ体操第一も第二も上司のお手本を見ながら繰り返しやってなんとか形になってきた。家に帰ってからも復習し何とか習得できた。翌日からは子供たちの前で無様な姿を晒すことはなくなった。
 それからの10日間ほどは毎朝このラジオ体操を気持ちよく続けられた。そして日々体操をやり終えると実に清々しい気分になった。終わった後の朝食もおいしく感じられた。このメリットを踏まえて、娘が小学生である間は、親としても毎年喜んで夏休みのラジオ体操に参加するようになった。
 さて数年前から私が住んでいる町内では、大人も参加した夏休みのラジオ体操をやることになった。地域交流、親子ふれあいという名目で申請すれば町から補助金も出るのでそのような行事になったのである。参加すればペットボトルの飲み物が毎日もらえる。これは大変いい機会だと私も早起きして積極的に参加している。まっ、コロナで去年、今年はお休みしているが、来年以降再開したらまた参加する予定である。一日の始まりに体操することはその日の行動のための準備にもつながる。身体的のみならず精神的にもいい効果をもたらすものであることは間違いない。

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