25日・は表記大会に竜ヶ崎代表で参加茨城県からはバス2台での参加。ひたち野うしく駅5;20スタート。土浦駅、水戸と拾って常磐道~阿武隈道~から新潟に入る。母親大会はいつも8月の終わり暑いころである。
この日は東葛川柳会の幹事会と例会があり25周年の大事な幹事会である。お断りをしての参加は気が引ける。がこちらにも事情がある。
思えば2年前も同じ状態だった。第56回2010母親大会IN福島に参加するには、東葛川柳会大事な幹事会「今川乱魚師を偲ぶ会」の最終打ち合わせ会だった。それを欠席するには大変な思いをした。私の代わりに新井千恵子さんをお願いして会計事務をやってもらった。その時も出られないからのお断りのメールに代表から困ったといろいろ叱られたことをまた思い出しました。まだそのメールと声は残っています。
今年は東葛川柳会25周年についてだから、また大事な幹事会であったでしょうが私の役は誰かができるでしょう。
26日は「雀郎祭り川柳大会」と乱気流講座がダブっていましたが乱気流は23日に早めていただきました。
肝心な母親大会のことですが25日は分科会。私は「社会保障・税一体改革」の狙うもの・・・保育・医療・介護・年金・・・のテーマで二宮厚美神戸大学教授の講座を受けた。解りやすく楽しいお話で笑いあった。先生にサインをしていただき川柳のことを少しお話しできた。のはよかった。
もう一つ魅力的だった分科会は、小森陽一東京大学教授の「憲法を生かし、政治に国民の声を届けよう」の講座はもう一杯で入れなかった。分科会は35もあったのにみんな満員。
総勢6500名の参加と聞いて納得。日本中のお母さんがこの新潟に集まって暑い勉強会をした。
2年前は福島でまだよくわからず佐藤千四・原田敏子さんとお昼を頂ける楽しみで出かけたことも思い出した。あのときも暑かったが今年は格別な暑さ。新潟朱鷺メッセは母たちの熱気により暑くなった。
夜は茨城の参加者との懇親会。部屋では川柳の話をする。講座がまた増えそう。
26日は全大会。記念講演 ジャーナリスト斉藤貴男さん。格差と貧困のない社会を-3.11以後…私たちはどう生きるのか。早口だが解りやすく語ってくれた。この日は7350人の参加とか述べ13850名。
アトラクションは龍ヶ崎新婦人でも呼んだナターシャ・グジーさんバンドーラを持って透き通るような声で3曲歌ってくれた。」6歳の時チェルノブイリで被爆家も地下に埋められ思い出はなく帰れない。福島の現状と似ている思いを込められた。龍ヶ崎松葉小学校体育館にお呼びしたら「徹子の部屋」に呼ばれそれから有名になった人だ。ご主人は日本人。
川柳の全国大会もこの10分の1でも増えるだろうか?
いろいろなことを考えさせられた2日会だった。帰りは6時間かかり、11時を回っていた。ひたち野うしく駅まで長女と夫が迎えに来てくれた。
27日はセンマガ茨城句会。宿題「帰省」の選をした。結社対抗のその後を語り合った。
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おはようございます。
母親大会出席ごくろうさまでした。2年前に高原のさわやかな風の中お会いしたことが昨日のように思い出しました。
先生もお忙しいご様子、どうぞお体をお労いください。
ウルトラマンハハも集った酒どころ
千四様
おはようございます。
福島周りのコースでした。磐梯山を懐かしく見て通りました。
最初に参加したのが福島大会でしたね。あのときは千四さんと敏子さんにお会いするのが第一番の目的でした。高原の風の中でしたね。あの時の写真を見ていました。それから福大でイランで活躍の高籐さんの分科会が病み付きになったようです。
今年は経済学を少々勉強させていただきました。
昨夜は「ながや」の納涼句会屋形船で東京湾一周でした。夜景は外国を思わせる高いビルにびっくりしました。この欄の二宮先生と隣り合って楽しいひと時でした。
えーェ。二宮先生といっしょ・・
うッらやましい。
千四様
二宮先生ファンの千四さんにはお気の毒でした。
一〇月にはいいことがあるでしょう。
それにしても暑いですね。御身お大事に