「琴となり下駄となるのも桐の運」
この句が殿様の句とは初めて知りました。千葉県木更津市旧請西藩一万石の藩主林忠崇の俳句。
脱藩してまで徳川家に忠義を貫いた。
藩士59人をつれて、木更津から箱根、福島、仙台と転戦、新政府軍を相手に孤軍奮闘した譜代大名だった。当時20歳。見かねた旧重臣広部周助親子が資材を投げうって家格再興に奔走して、華族に列せられたのは明治半ば。
それからは剣道や和歌に親しみ太平洋戦争の直前まで生きた92歳。そして残した句が表記の句とのこと。直木賞作家中村彰彦が顕彰している。歴史に埋もれた殿様だった。
自分の数奇な人生を575にしたようだ。
桐は寒い地方が柾目がよく育つ。30年前、2年ほど会津に住んだとき下駄になる桐材が几帳面に積み上げられて乾燥を待つ風景をよく見かけた。会津も城下町なのでお箏になる桐材もあったのだろう。タンスになるのは中間の桐かななど度考えながら読んだ。
朝日新聞9月29日夕刊。
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