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10月も押し詰まった30日ご近所のみなさんと靖国参拝をしてきました。中学2年生の時、福島県から戦争遺児代表として40名を春の例大祭に連れて行ってもらいその方たちとも高校卒業までは交流があり。個人的には今でも賀状の交換はしています。が

それから一度も靖国神社には行ったことはなかった。父は中国武漢の近くでの戦死でした。昭和14年9月23日死すという紙と遺品のトランクが戻ったそうです。私は生まれて11か月,そのトランクを見せてもらったには40歳の時でした。再婚した母が亡くなった時叔父が見せてくれました。遺言状はみの紙13枚に毛筆でしたためられています。父上へ、母上へ、キイ子へ弟へ、妹へで13枚です。のちに表具をしてもらいました。

顔も知らず声も知らずに今まで来ました。昔の伊達崎村の村葬をしてもらい述べ送りの写真は3枚に分かれています。3枚つなぐとその時の方々が並んでいます。お墓の石塔は立派でした。3年前の震災で崩れ傷だらけの石塔ですが・・・。福島県の桑折町大正寺の高いところにあります。

英霊として靖国神社にいるのだとだけ聞いてたのですが、中学生参拝に連れて行ってもらった時は東京への憧れだけで終わったようでした。SKDは楽しかったです。

それから60年ぶりでした。

今日は県民の日。子どもたちの声が聞こえそうです。

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60年ぶり 靖国神社参拝”にコメントをどうぞ

  1. 二宮茂男 on 2013年11月13日 at 10:09 AM :

    紀伊子さん おはようございます。靖国の英霊のお父様、こころから、ご冥福をお祈りいたします。ブログを我がことのように読み進みました。①中国武漢の近くで戦士、②遺品のトランクが戻ったこと、③村葬 ④寺の一等地に立派な墓石。私の義理の叔父も全く同じです。4歳のときの村葬、墓石建立を覚えています。私の亡母は、義理ある、英霊の叔父の供養に、毎年、身分不相応のお金を送っていました。すると、春、秋の例大祭へ招かれました。晩年、一人では参拝出来なくなり、平成11年、12年、13年と私がお供をしました。今、その日のことを懐かしく振り返っています。共有の思い出に、ご縁を感じます。ありがとうございます。合掌。

  2. 紀伊子 on 2013年11月13日 at 10:52 AM :

    二宮茂男様
    まったく境遇の同じ方がお身内にいられたなんて、何か茂男さんとはご縁があったのですね。茂男さんは4歳でしたか。この前流山でも同じような日華事変でなくなったというお身内にお会いしました。かなりの戦死者がいたのですね。昭和14年9月23日が命日ですので・・・。
    石碑には通城県にて戦死・・と彫ってあります。もう一人叔父もなくなってますのでどちらか?金鵄勲章もいただいたようです。
    母も銃後の妻の会か母の会の会長でかなり送っていたようです。

    「身分不相応のお金を送っていました」こういう方がおられたので靖国神社はあんなふうに立派になったのですね。鳥居もものすごいですね。60年前とは違っていました。砂利道も・・・。

  3. 無冠帝 on 2013年11月14日 at 9:37 AM :

    家内は奉天生まれです。父親は中国で戦死しました。小さい頃なので父親の顔は知らず、写真でしか見たことがないそうです。
    家内はまだ、靖国神社に参拝したことがない。英霊と言われても空しいですね。
    安倍総理は口ばかりで、総理になってからはお盆に参拝しないのが歯がゆい。犬の遠吠えはもう結構です!

    • 紀伊子 on 2013年11月14日 at 8:00 PM :

      無冠帝さま
      奥様もあの戦争の犠牲者のおひとりだったのですね。戦争は何が起きても我慢するしかないので、もう絶対に戦争はしてほしくないです。
      私もお宅の奥様と同じ考えでした。英霊と言われましても殺されてしまってはむなしいだけです。近所の事情を知っている方は「キイ子ちゃんは不憫だ不憫」と言われたのですが中学生で靖國参拝でやっとわかりました。でもそれ以来靖國にはってませんでした。
      やはり侵略戦争を正当化していました。反省の色はありませんでした。奥様にもよろしく。

  4. 楽生 on 2013年11月14日 at 10:10 AM :

    私の両親は大連で結婚して、兄は大連生まれです。
    父は関東軍の高射砲隊に所属していました。
    終戦時にソ連兵に追われて大連港から引き揚げ船に乗りました。
    両親と兄が亡くなってから、大連を訪問して、靖国神社にもお参りしました。
    安倍総理は早く靖国神社に参拝すべきです。

    • 紀伊子 on 2013年11月14日 at 8:05 PM :

      楽生様
      父上様は関東軍でしたか。父上様は引き上げてこられてから亡くなられたのですね。お兄さんも犠牲者のおひとりですね。
      台湾川柳にもつながりますね。合同句集へ参加してくださいませ。いつもいろいろご心配ありがとうございます。お寒くなりますどうぞお健やかにお過ごしください。

  5. 高杉千歩 on 2013年11月14日 at 7:28 PM :

    秋酣になりました。お久し振りです。
    私の兄は(二人兄妹です)昭和19年10月7日、中支、衡陽作戦で戦死しました。檜部隊は全滅したそうです。19年2月大阪22聯隊入隊、3月四天王寺で最後の別れ、程なく深夜大阪駅から出発しました。大坂城から長い隊列に添って駈け走りました。何時出発するか分りませんので5夜程NHKの防空壕で徹夜しました。真っ暗な中、軍靴の響きに連られて走っただけでした。兄20歳、私17歳、軍事郵便1通検閲済みで届きましたが、それも20年3月の大阪大空襲で、形見は何もありません。戦死の公報は終戦後10月に…厚生省に2度、問合せの手紙を出しました。遺骨は「石」。2度目に「紙」が送られてきました。都度配給のビール3本券がついていました。靖国神社にも口惜しい思い出があります。戦争は反対です。
    ブログを拝見して堪らなくなってお話ししました。兄の分まで生きているのだと思っています。
    「要介護3」の認定がきて、訪問リハビリ、「リハビリディサービス」、ヘルパーさんと、病人は病人なりに急がしく、地縁、友人、家族に支えられて、気侭に独り暮らしを続けています。
    ご活躍に感銘をうけながらブログ散歩は楽しみです。有難うございます。お大事にお過ごし下さいませ。       千歩

    • 紀伊子 on 2013年11月14日 at 8:11 PM :

      高千穂千歩様
      お久しぶりです。ネットの上では「要介護3」なんてとても信じられません。でも兄上様の出征の時17歳とお聞きしてびっくりです。私より一回りも違うお姉さんでいらっしゃったとは・・・。
      私も千歩さんを目標に頑張ります。またネット散歩をなさって情報お知らせ下さいね。
      明日はこの冬一番の寒さだそうです暖かくしてお休みくださいませ。

  6. たかこ on 2013年11月15日 at 6:46 PM :

    こんにちは。
    今日「つくばね創立25周年記念全国誌上川柳大会」の案内を、鈴鹿川柳会のブログ「言いたい放題」に書き込みました。
    もう締切りまでひと月を切りましたね。たくさんの方に参加していただけますように…

  7. 太田紀伊子 on 2013年11月15日 at 10:29 PM :

    たかこさん
    ありがとう。お宅の鈴鹿川柳会のホームページはたのしいですね。
    うまく作られています。
    句も沢山載っていて著名な方の入選句も多いですね。
    ますますのご発展を祈念いたします。
    つくばね25周年です。ほっそうが12月でした。高齢化で大会開催の元気がありません。それで誌上です。
    世代交代に来年は市民川柳大会を開催します。
    追ってチラシをお送りしますのでご協力よろしくお願いいたします。

  8. たかこ on 2013年11月17日 at 8:24 AM :

    紀伊子さま
    遠方をお越しくださいましてありがとうございました。(笑)

    世代交代されるのですか?ご勇退ですね。市民川柳大会何月でしょう? うまく予定が周辺に無ければ一度は伺いたいと思っているのですが…。
    川柳関係の仕事(?)にちょんちょんといろんなものがくっついてきて、嬉しい悲鳴をあげています。紀伊子さんい比べたら可愛いものですが…
    来年は今年以上に頑張ろうと思っています。よろしくご指導くださいね。

  9. 紀伊子 on 2013年11月19日 at 6:51 AM :

    たかこさん
    一日遅れでごめんなさい。
    市民川柳は近辺のしまいかいとうちの会員に選者になっていただきました。つくばねを支援してくださった方々へささやかなお礼です。
    でも市役所も応援してくれました。大会は来年の5月18日ですが事前投句養子は2月号に挟み込む予定です。よろしくお願いいたします。そんなこんなで25周年誌上大会は12月10日締めを12月25日まで延長します。選者さんには1月に入ってからのお届になると思います。遅れますがたかこさんよろしく

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