フォト川柳
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川柳に「詠む」は不向き
朝日新聞に川柳の記事が載り「よむ」に同感。
「詠む」は、時間的推移の中での吟詠であり、詠嘆です。
和歌を詠ずることや、俳句での切れ字は、たしかに「詠む」といいそうですが、川柳の場合は、事象の切り取りで描く場合が多く、「詠む」とは概念が異なります。
もちろん、川柳の一部には「詠む」川柳を含みますが、こ...【続きを読む】
猫のひたいに命ときめく
寝たきりになった母の庭の手入れを引き継いで2年半。一時期荒れた植生も戻ってきたと思ったら、綺麗な蜥蜴の子供が来てくれました。大東京の片隅のちいさな自然です。
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村田周魚翁五十年忌墓参
村田周魚翁五十年忌墓参
江戸っ子の遺志まだ散り残る桜 一泉
4月11日は、村田周魚翁の50年忌です。かつて東京を代表した川柳きやり吟社を育て上げ、〈六大家〉の一人として川柳の指導的役割を果たしてきた周魚翁の墓所は、雑司が谷の玄静院にあります。
20年ほど前までは、きやり吟社の人々で賑...【続きを読む】
4月11日は、村田周魚翁五十年忌
戦後の川柳〈六大家〉の一人村田周魚翁の五十回忌が迫っています。
4月11日が命日です。
既に六大家が世を去って半世紀、その謦咳に触れた川柳家も高齢化、いよいよ川柳界自体が「限界文芸」の様相を示していますが、今一度、優れた先達川柳家のやろうとしたことにスポットを当て、真の川柳指導とは...【続きを読む】
こしがや市民大学川柳講座
越谷市教育委員会の「こしがや市民大学」の6回目の講座として川柳が呼ばれました。
「川柳の楽しみと文化」というタイトルで、280名ほどの方々に川柳の話を聞いていただきました。
大学での講義と違い、
孝行のしたい時分に親はなし
などという句は、川柳としてでなくとも、ほぼ100%皆さんが知っていらっしゃ...【続きを読む】
川柳史料修復
久し振りに大学へ出校。春休みで学生がお休すみの間に、研究の成果の検討会など。古画の科学的な分析から材料と技法を推論しての再現模写の成果などが検証され、模写つながりで法隆寺金堂の実際の壁材などの古史料などが出てきて思わぬ方向に話は向かいましたが、とても興味深い内容でついシゴトを忘れていました。
和...【続きを読む】
花の飛鳥山
「川柳さくらぎ」終えてチョッと一休み。
朝から足元にまとわりついて散歩をせがむ なっちゃん は、もう散り急ぐ花を見たかったのだろうか。
飛鳥山毛虫に成て見かぎられ 古川柳 樽初
とならないうちに見ておこう。 わずかな風に、一斉に舞う花びらは、ヒトばかりでなくイヌにも心惹くものがあるのだろう。花び...【続きを読む】
周魚翁・・・見つけました!
先日、情報提供をお願いした川柳六大家のひとり、村田周魚翁の第三の句碑
お互いの弱いほめあう山の道 周魚
が大山登山道の「大山駅」バス停のところで見つかりました。…
周魚翁のお孫さんの手配で市役所の観光課、道路課、文化財課などを回りましたが、手がかりが得られません。さらに、阿不利神...【続きを読む】
向島吟行 川柳句碑を巡る
向島の川柳史跡を巡る吟行に行って参りました。
村田周魚翁の川柳句碑(包丁塚の牛の像)を牛嶋神社訪問。
人の世の奉仕に生きる牛黙す 周魚
に思いを馳せていると、同神社で神前結婚式が始まります。巫女さんに続いて出てきたのは、なんと蒼い瞳の新郎。厳かな風情に目が留まりました。
墨堤のソメイヨシノは、1分...【続きを読む】
びいなすクルーズ フォト川柳1
びいなすクルーズの川柳講座では、「フォト川柳」を作ることが一つの目的でした。
少し落ち着いたので、自分の作品も作ってみます。
クルーズの楽しみは、日々その表情を帰る海と空。と、同時に、一期一会の乗客同士の会話もまた得るものが多くあります。日々、新しい刺激があり、一か月の航海も苦にならずに楽しめました...【続きを読む】
オヤばかです・・・
娘がこの4月から高校生になるので、スマホを持たせようと申し込みましたら「080-****-0575」の番号を貰い、「575」なんて、「もう川柳やれと言われたような番号だね・・・」などと冗談を言っていたら、卒業証書の番号も・ビックリ「575」でした。
こんな偶然が2度続くなんて、ちょっとコワイですね・...【続きを読む】
ああ、よかった~
たった今、麻衣子女史にお越し頂き、やっとブログにアクセスすることができました。
ありがとうございます。お手数をおかけしました。
昨年の超多忙から、Facebookもこのブログも更新する間がなく、開店休業でしたが、今年になってアクセスしようとすると「Not Found」というページしか出て来ず、そのま...【続きを読む】
こしがや市民大学「川柳の楽しみと文化」
越谷市教育委員会の「こしがや市民大学」の6回目の講座として川柳が呼ばれました。
「川柳の楽しみと文化」というタイトルで、280名ほどの方々に川柳の話を聞いていただきました。
大学での講義と違い、
孝行のしたい時分に親はなし
などという句は、川柳としてでなくとも、ほぼ100%皆さんが知っていらっしゃ...【続きを読む】
〈情報〉お願いいたします
大山阿夫利神社の参道に川柳六大家の一人・村田周魚翁の句碑が昭和41年に建立されましたが、今日、その存在が忘れられ、神社さまも把握していない状況になっています。
お互いの齢をほめあう山の道 周魚
という川柳の句碑(当時の写真)です。
周魚翁没後50年にあたり、翁の業績を顕彰する行事を準備中です...【続きを読む】
遅れ馳せながら…今年もよろしくお願い致します
本年もよろしくお願い致します。
柳多留250年の年を通過し、新しい年を家族揃って迎えることができました。
皆様のお陰です。
多少でもお役に立てるよう、精進してまいります。
ご指導のほどお願い申し上げます
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川柳の原点 柳多留250年式典懇親会
記念句会に引き続き、式典懇親会が開かれ、高尚な宝生流仕舞や生田流箏曲、江戸のおもてなしとして端唄舞「浅草参り」などの芸能も交えて楽しまれました。
参加したのは記念句会の柳人に加え、「柳多留発祥の地」=「上野」の文化人、政治家、地域代表の皆々様。200名超の参加者が、上野東天紅最大の鳳凰の間を埋め、...【続きを読む】
柳多留250年記念句会
おかげをもちまして、「川柳の原点 柳多留250年記念句会」を成功裏に終えることができました。心より感謝申し上げます。
大倉山記念館での川柳展、上野広小路への記念碑建立と併せて、大きな川柳の社会発信事業になりました。
文化としての川柳を伝える行事として役割を果たせたとぞんじます。いまはクタクタですが...【続きを読む】
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