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このたび、春燈台北句会主宰、台北俳句会、台湾川柳会長年の会員、廖運藩先生が自分史「茶金歳月~北埔姜阿新洋楼の物語」を出版しました同書を題材に、テレビドラマ「茶金」が放送され、同書もドラマも大ヒットとなりました。かくして廖先生は95歳にしてベストセラー作家となり、標題どおり印税を稼ぐ日々となりました。

神鷲の翼燦として紀元節 武田栄治

上記俳句の作者、武田栄治は廖先生の日本名です。先生は1928年日本統治時代、桃園県観音郷で生まれました。1942年中学の時、初めて作った上記の俳句を新聞に投稿し初掲載となり、トンボ鉛筆一ダースをもらいました。その後運藩先生は村一番の秀才として台湾大学に入学し、卒業後台湾銀行に就職しました。

一方では親戚の紹介で、新竹県北埔郷の実業家姜阿新氏のご令嬢、姜麗芝様とお知り合いになり、幾たびのデートを重ねるようになりました。最も思い出に残った情景は、麗芝様のご実家、北埔姜阿新洋楼にて。庭に麗芝様の生年に合わせて一本の杉が植えてあり、丁度そのころ時雨が通り去って行きました。運藩先生は所用で離れなければならない心情を以下の俳句に託し麗芝様に捧げました。

一ト(ひと)時雨孤杉濡らして去りにけり 運藩

1951年運藩先生は麗芝様とご成婚されましたが、義父姜阿新氏の事業を手伝うめ、1953年銀行を退職し、新竹県北埔郷に移りました。義父の事業は製茶、造林、製糖等多方面に渡り、殊に当時の製茶事業は「茶金(お茶は金の値打ちに匹敵)」といわれ、三井農林(日東紅茶)の貴重なサプライヤーとして大いに発展していました。

ただ、戦後日本政府の撤退、中国国民党の統治、深刻なインフレ、他国との競争悪化などもあり、製茶事業も「茶金」から「茶土(お茶は土同然)」、ひいては「茶狗屎(お茶は犬の糞)」と悪化の一途をたどり、1965年に倒産しました。そして、追い打ちをかけるように、1946年に居住と外賓接待をかねて建てられた名建築、北埔洋楼も銀行の所有に帰してしまいました。

以後、北埔から台北に移住された廖先生一家は六人の子供を育てるため、夫婦共筆舌に尽くせない程の苦労を重ね、20年後漸く小康を得て六人の子供たちも夫々自立することが出来る様になりました。

廖先生一家にとって、大きな転機が訪れたのは2012年、銀行が北埔洋楼を競売にかけた際、子供たちは協力し合い、買い戻したことであります。今では新竹県の指定文化財、一般開放されております。洋楼が50年経て家族の元に戻った時、廖先生が心境を詠ったのが次の俳句です

かくして「神鷲の翼燦として紀元節」から「天高し北埔洋楼雨後の晴れ」、1997年古希を迎えた廖先生は後世に見聞を残すため、自分史「想到什麼就寫什麼(思いつくままに...)」に着手。2017年に計九冊、約130万字を自費出版。更に2022年95歳の時、公共テレビの大河ドラマ「茶金」の放映に合わせ、「茶金歳月~北埔姜阿新洋楼の物語」一書にまとめました。

小生にとって一番感服したのは、廖先生が六人の子供を育てるために、夫婦共筆舌に尽くせない程の苦労を重ねた頃、言わば人生で一番深刻な時期と言えるさなか、なおも俳句に勤しんでおられた事です。

お伺いすれば、廖先生ご夫婦が様々な副業をされたとき、ご縁で台北俳句会の会員、春燈台北句会の前会長、陳錫恭先生とお知り合いになりました。そのきっかけで廖先生も1978年台北俳句会、1984年春燈台北句会に入会され、更に1994年、台湾川柳会の創立メンバーとなりました。そして、2007年より春燈台北句会代表を務め、今日に至っております。

願わくは廖運藩先生にはますますご健勝、ご健吟され、120歳まで御長命であられますように。

百寿にもうすぐ届く桜時 運藩

 

後記 蔡英文総統はブログで、「茶金歳月」を推薦しておりました。総統のお墨付きまで頂き、運藩先生の印税稼ぎはもう暫く続きそうです。

麥秋や総統味讀の我が著作 運藩

 

 

 

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長らえて印税稼ぐ日永かな  運藩”にコメントをどうぞ

  1. 江畑 哲男 on 2022年6月26日 at 11:20 PM :

    杜青春さん。
    お元気でしょうか? 
    良いお話ですね。こうしてブログにアップして頂きました。日本の私たちにもよく分かるように書いていただきました。有り難うございます。
    廖運藩さんの北埔姜阿新洋楼、二人して訪ねました。もう5年の話になりましょうか? そうそう、銘酒・獺祭を一本ぶら下げて行きましたよね。ホントは、あの時一緒に呑みたかったのですが、運藩さんは獺祭を仕舞っちゃいました。出してくれませんでした(笑)。ザンネンでした。
    北埔姜阿新洋楼、何しろガイドブックにも載っていた洋館です。
    あの時、二人して訪ねてよかったと今でも思い返しています。
    運藩さん、ベストセラー作家! 
    結構なことです。次回は印税をたかりに行きましょう!

  2. 杜青春 on 2022年6月27日 at 2:02 PM :

    江畑先生 お元気ですか
    ハイ! 江畑先生と運藩先生の北埔洋樓へ訪ねたのは、2017年です
    獺祭まで提げていきました。
    でも、運藩先生もうオモテナシ用のお酒を用意してくれましたので、獺祭は飲まずじまい。
    帰りは白タクで新幹線の新竹駅まで送ってくれました。
    実に楽しい思い出です。
    また一緒に遊びに行きましょう。

  3. 上野楽生 on 2022年6月28日 at 9:17 AM :

    凄い自分史ですね。
    テレビドラマになるのも納得できます。
    2024年3月3日の台湾川柳会創立30周年大会で、
    廖運藩先生にお会い出来るのを楽しみにしています。

    • 杜青春 on 2022年7月1日 at 5:33 PM :

      楽生師匠、コメントありがとうございます
      30周年記念句会2024/03/03今から楽しみです

  4. 木村 傘休 on 2022年7月13日 at 7:21 AM :

    杜青春 様
    素敵なお話を伺いました。廖運藩先生とは、先年春燈千葉支部の皆さんと訪台し、三越デパート内のレストランで一緒に句会をしたことがあり、和やかなその時の情景を思い出しました。
    人は誰でも起伏の多い人生を送りますが、運藩先生に人生は正に大河ドラマそのものですね。
    運藩先生ご夫妻を始め、台北句会の皆様の益々のご健勝とご多幸をお祈りしております。

      波風の来し方綴る灯の涼し  傘休

    • 杜青春 on 2022年7月16日 at 10:32 PM :

      傘休先生 
      わざわざコメントくださり、本当にありがとうございます
      また一緒にお酒飲みましょうね

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