正岡子規は当然、台湾に行ったことがありません。日清戦争で台湾が日本の植民地になったことで、注目していたでしょう。南国の台湾で、北国育ちの日本人が気候に馴染めず、かなり苦労されたのが、表題の句の謂れでしょう。
子規はバナナが大好物で、それを毎年台湾から送ったのが、子規の門人渡辺香墨、台湾で「相思樹」俳誌を立ち上げ、戦前の台湾俳壇の礎を作った一人と言われています。
そして、百年後、全日本川柳協会初代会長、仲川たけし先生が、日本の台湾窓口に対して、台湾はすでに短歌会、俳句会があるのに、なぜ川柳会はないだ、なっとか立ち上げられないのか、と要請した。
その要請が、台北俳句会の黄霊芝会長に繫がり、1994年台湾川柳会発足のきっかけになりました。お蔭様で当会は2016年7月をもちまして、22年目を迎えることができました。
先日、6/25-26、全日本川柳2016愛媛大会に参加した際、松山駅で真っ先に目に映ったのが、松山市松山駅と台北市松山駅、友好駅締結の駅名標、とても感激しました。
そして、田辺進水様のブログの案内通り、子規堂を訪ね、仲川先生の墓参りして、「玄関に今日來る人の好きな花」も拝め、大会でいい成績を取れるようにと合掌しました……
愛媛大会の成績は当然……全没でした。それよりも台湾と川柳と、ゆかりのある松山に訪ねることができたほうが、最大の収穫になりました。
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台湾と正岡子規、そんなつながりがあったのですか。
勉強になります。
有難うございました。
江畑先生 わざわざのコメントありがとうございます
正岡子規は一連の「足たたば」の短歌を作っていました。その中に以下の一首がありました。
足たたば新高山の山もとにいほり結びてバナナ植ゑましを
また宜しくお願い致します
とてつもなく大きな台風が台湾へ向かっています。杜青春さん吹き飛ばさないようにして下さい。
仲川たけしさんの娘さんの仲川悦子さんから昨夜電話があって「台湾の方にお墓参りをしていただいた」と大変喜んでおられました。ありがとうございました。改めてたけしさんのパワーを感じます。
進水様、このたびは本当にお世話になりました。
台風のお見舞いありがとうございます。被害は台湾東部が深刻でしたが、台北は台風よりも電車の爆発事件のほうが注目されています。しかも、事件が起こったのは松山駅近く….
あぁ~ 長閑な伊予電を思い出す。
仲川先生の墓参りの際、「御名刺受」がありました。台湾のお墓では絶対ありえないものだったので、つい小生の拙い名刺を入れてしまいました。ご息女から喜んで頂けるなんて、大変恐縮です。まさしくたけし「親爺様」のパワー。
ps..当会二代目会長李琢玉は仲川先生のこと「親爺様」と呼んでいました。
今晩は。
松山の懇親会で合吟をしました、山田こいしです。
進水さんが仰るようにとてつもなく大きな台風が台湾を狙っているようです、
用心に用心を重ねて台風をやり過ごしてください”(-“”-)”
次にお会いした時には改めて漢詩を吟じられればと思います。(*^-^*)
こいし様
わざわざのコメントありがとうございます
先生の詩吟とても素敵した。次にお会いするときはもっと精進しないと….^_^
杜青春様
台風一号の被害はいかがですか。こちらも雨が降ってきました。
仲川たけし会長が今川乱魚さんに台湾のことを頼んでいるところにいました。仕事がらみで乱魚先生は李琢玉氏に何度かお会いしたようです。本もできましたね。青春さんは新葉館出版の乱魚ブログから入られたと聞いてました。
益々のご発展祈ります。
太田紀伊子様 コメントありがとうございます
乱魚先生にも大変お世話になりました。李琢玉先生の「酔牛」もお蔭様で出版できました。2013年新樹にお邪魔した際、川崎信彰先生や江畑先生に案内されて、乱魚先生の墓参りもできました。みなさんと「川柳で笑った人はみな仲間」の句碑で、記念写真がとれたことも、大切な思い出になりました。
杜青春様
乱魚先生の墓参もされました由よかったですね。「川柳で笑った人はみな仲間」これは幸子奥様のアイデアでしょうが、子規の句もありがとうございました。知りませんでした。
台風はいかがですか・・。こちらは来週ですね・・。