選の醍醐味について
下野川柳会の例会で、偶に選を仰せつかることがあったが、これがいささか苦痛でもあった。前月の高得点者4名が各自に与えられた課題吟の選を担当するのだが、少なくとも私にとって下野例会での選はときめきがあまり感じられないものだったからである。今は例会には参加していない。
20名前後の出席者で、一つの課題...【続きを読む】
なぜブログを書くのか?
定年後の人生をセカンドステージなどというが、サードステージはあるのか? そんなものはないのか? 要介護状態になれば、サードではなくターミナルのステージになるだろう。人生100年時代などと言われて久しいが、100歳まで生きられるのはごく少数派。生きられても最後の数年、十数年は健康寿命が過ぎて、寝たき...【続きを読む】
不覚にも風邪をひく
先月中旬の土日、コロナの感染者数もかなり減ってきて緊急事態宣言も解除されたので、大阪の3歳半になる孫娘に会いに一泊二日で娘夫婦のところに出掛けた。久しぶりに新幹線「のぞみ」に乗車したが、6~7割の乗車率だった。コロナがなかった頃はいつも8~9割ぐらいはあっただろうか。
1日目は家族と公園に行った...【続きを読む】
「親ガチャ」について
どんな親の元で生まれ育っていくのか、これには当たり外れがある。これを「親ガチャ」という。うーん、なかなか上手い言い方である。自分の境遇を深刻に嘆くというほどではない。軽い気持ちで愚痴っている使われ方なのだろう。流行語として長く使われ、ひょっとして今後コミュニケーションの中にしっかり定着する言葉にな...【続きを読む】
「ら抜き言葉」における愛憎について
世の中の大方は「ら抜き言葉」で会話して問題なく通じているのに、一市民の言葉としてテレビで字幕が流されると、必ずと言っていいほどわざわざご丁寧に「ら入り言葉」に訂正されている。NHK、民放を問わず放送局の約束事でもあるかのようにそうなっている。それなのに、地位の高い人、高貴な方の発言の中に「ら抜き」...【続きを読む】
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