公的年金の支給開始時期が少しずつ繰り下げられている。私の親は60歳から受給、私は65歳からだった。平成生まれの私の子供などは、いずれ70歳からとなるだろう。世代が下る毎に支給が先延ばしされている。令和生まれの私の孫などは75歳から支給となるかもしれない。年号は何になるか知らないが、曾孫が生まれれば80歳からだろうか(笑)。
マクロ経済スライドなどという小難しい言葉で、年金制度は100年大丈夫と胸を張った首相がかつてどこかに存在したが、まともにそれを信じた人はどれだけいたのだろうか。子供の数がどんどん減っていくことによる日本人口の減少傾向は、将来的にどう考えても改善されないだろう。そんなことは薄々誰でも気がついている。社会政策を踏まえた希望的な予測なんてものは所詮絵に描いた餅でもある。
スライドという言葉には忘れられない思い出がある。私の大学受験は昭和50年の春。その数年前からオイルショックによる狂乱物価が世の中に始まった。受験して合格した大学への初年度納付金(入学金と授業料など)もこれに連動して高騰するようになった。
当時の私は入学してもいいと思う私立大学に二つ合格した。最初に合格通知が来た大学は納付金が20数万円。次に通知が来た大学は30数万円という額だった。約10万円の開きがある。前者が安いのは狂乱物価をまだ納付金に反映させていなかったからである。噂によると次年度入学生からは物価スライド制を導入して、物価上昇に合わせて学費を毎年きちんと上げていくという。私がその大学へ入学すればギリギリ導入以前の最後の入学年度になるので、旧料金で安く4年間を過ごせる。
うーん、どちらの大学へ入ろうか少し迷った。しかしまだ18歳。サラリーマンだった父親の収入もよく分からない。家の貯蓄など全く承知していない。家計に対するそんな認識程度だから、結局は納付金の多寡より、学風などの雰囲気的な観点(要するに入学してどっちの大学の方が楽しく過ごせるか)から後者の大学を思慮もなく呑気に選んでしまった。後から考えると、少し親不孝だったかもしれない。ただその当時の記憶がしっかり残っていて「物価スライド制」という経済学用語も学んだ次第である。
話しを年金のことに戻すと、マクロ経済スライドなどと言っても、賃金や物価の状況を勘案して支給額を調整するぐらいのこと。年金財政が逼迫(不景気や国債の暴落など)すれば、支給額はどーんと減る訳で要はそれだけのことではないか。強いて言えば、スライドすることでいくらか柔軟な対応ができるようになる。その程度のことにしか思えない。
私は心配性なので、時々悪夢を見るような時がある。ある日目覚めたら、新聞の一面トップに、財政的にもう無理なのでこれから公的年金は半分になります。そんなことが大々的に書かれている。まずい。また働かねばならないのか。俺はもう後期高齢者だ。足腰もだいぶ衰えてきている。今更何をして稼げというのか。年金などに一つも頼っていない一握りの富裕層は、そんなことを屁とも思っていないだろう。悔しい。そんな妄想である。ずっとこのまま妄想あってほしい。
かつて「消えた年金」が話題になったが、私は将来的に「消える年金」にならないか、偶にそれが不安になってくる訳である。戦時国債や満鉄の株など、単なる紙切れになってしまった本当の悪夢を連想してしまう。
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