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娘夫婦がつくば市に行くというので一緒に乗せてもらいました。牛久から408号線でなく西大通りがスマホの地図でした。この通りはつくば万博の時常磐線からつくばを繋ぐバス通りとして作られた道です。1985年、今から34年ほど前ですかね。
龍ケ崎市に転勤で転居したのかその次の年でした。3女が結婚したのが1995年関西の大地震の前の日でした。26年前になります。牛久シャトーのレストランでした。主人の兄たちは箸が欲しいとホークナイフと取り換えていましたっけ。早いものですね。結婚式にご招待した大学のお友達も地震にあったそうで大変だったそうです。三女夫婦は新婚旅行に飛行機で飛んでましたので地震は知らないのです。あとで聞いてびっくりしてました。

飛行機と言えば茨城県小美玉市にある茨城空港が閉鎖になりました。祭儀の神戸行きでしょうか、乗客の搭乗が終わり車両や係員が機体から離れると、エンジンの回転音とともに旅客機は滑走路に向かって動き始めました。いよいよ助走開始。まもなくタイヤは助走路から離れ機体は力強く上昇してゆきます。何歳になってもわくわくする瞬間です。茨城テレビがずっと映してくれました。

成人式を日延べさす新コロナ

成人式中止晴れ着泣いている

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