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写真左から今川夫人と国吉川柳の里沖縄の国吉司図子さんとご一緒に。
今川夫人と恒弘弓削川柳会長。③会計を手伝ってくれた千恵子さんとポエム亭楽生さん。④本日出席の最高齢者宮川ハルヱさんと同テーブルの皆さん。

今年の国民文化祭は岡山、川柳の街久米南町から恒弘衛山弓削川柳会会長が出席された。同氏が「番傘」6月号「リレー放論」に「川柳句碑三百の町」久米南町!に書かれた一節に目を止めたミセス今川が「夫 今川乱魚へのプレゼント」として句碑建立を考えられたのもいろんな縁につながる。
六月号は追悼今川乱魚として礒野いさむ主幹の巻頭に続き、大野風柳日川協会長の「ユーモアと癌に生きた人」、江畑哲男「女と貧乏と今川乱魚川柳」、太田紀伊子「温厚なるアイデアマン乱魚師」と追悼文特集であったが今川家には届いていなかった。

 奥様がを日川協の本田さんにお電話したら事務員北村真由美さんがあの明るい声で「番傘本社は近いですからもらってきまーす」と
即送ってくれ翌日には届いてびっくりしたという。七月号もでる直前のお話とか。
そこに載っていたのが「リレー放論」タイトルが横なので妙に目についたそうだ。マガジン社の竹田さんを通じて最初は匿名で久米南町句碑建立部へお願いをした。それから日川協会長の句と知り、国文祭まで是非ということになりとんとんと進んで石を選ぶ段になっているなどとというエピソードも同ホテル今川家控室にて知った。ご縁はどこにあるかわからない。これも故人のお引合せとも思う。
多分句は「いい土に還ろううまいもの食って」ではないだろうか。
私のセンマガ6月号の追悼文に書いた弔吟がこれから引いて
 いい土に還りユーモア説く乱魚 紀伊子 になっている。

そして国文祭岡山の前日除幕式が行われることも決まっているらしい。河原千尋さんのお誘いに私も除幕式に間に合うよう岡山に出かける予定にしている。
恒弘会長とは西日本川柳大会と国文祭茨城城里町でお会いして以来であったがお変わりなく今年の岡山実行委員会の重鎮としてご活躍のまっただ中お越しくださった。窪田和子さんと三人で(写真)。

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