さくらもまだ残る、4月24日(社)全日本川柳協会東京常任幹事会が宮城県仙台市エルソール28階にて開催された。かねてから東京常幹を地方でもとの声に今回宮城野社の雫石隆子主幹のご好意で実現でき、出席も28名と東京と変わらずあきたじゅん氏を議長に活発な審議がなされた。私は2008国民文化祭茨城の現在プレ国文祭(11月11日)の進行状況を述べた。
その他の議案に大野風柳常務理事から「お父さんから子供へ、子供からお父さんへ」をテーマに家庭で同じ話題をに川柳を家庭教育新聞社が手がける。6月の全国川柳栃木大会よりジュニア賞に、同新聞社賞が増えるうれしいニュースもあった。
栃木大会事前投句は1750名ジュニアは5000名を越し日川協事務所では整理中、私の宿題「安全」もまもなく届きそう。(4月27日しっかり届きました)当日アトラクションにも作新学院生の出演とか若い力が応援してくれるのはありがたい。
翌25日は雨であったが青葉城公園の市民博物館を見てきた。伊達政宗の遺産がぎっしりの「伊達の優品展」。
私の育った福島県の地名が以前、伊達郡伊達崎村(現在桑折町昭和36年合併)といった。伊達藩の領地で米どころ、養蚕どころであった。現在は田んぼと半々のフルーツ栽培で調整区域なので人口も5000人ぐらいの過疎。平成の合併で伊達市が誕生したが、それにも入らず、桑折町として伊達郡名を残している。隣町の三日坊主吟社のある保原町は伊達市に昇格した。
仙台駅で求めた地酒とホヤの瓶詰め、笹かまでご近所5人で祝杯。仙台の余韻に浸った。つくばね会計の引継ぎも無事出来そう。
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