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 BS2で放映の「街道てくてく旅・芭蕉の歩いた道」は朝8時から15分間、卓球の四元奈生美が東京から松尾芭蕉の歩いた道をたどって宮城県仙台までの行程をたどる番組。
 昨日は瀬上宿から桑折宿までの6.3キロ12,428歩で歩いたようだ。
 懐かしい風景が写っている。毎日見て育った山。半田銀山は昭和26年の閉山だった。伊達郡役所は桑折町にあり明治十六年建設され43年間続いた。それも今保存されている。日本で始めに出来た自転車が桑折町の三元車だった。そのレプリカと6代目鈴木三元氏が登場。追分での披露となった。追分は山形方面と宮城方面の分かれ道の三差路。底から近いところに町立醸芳中学校がある。私はその学校の裏を通って駅に急ぎ福島市まで7年間通った。
 今日は桑折宿から貝田宿まで8.9キロ奈生美さんの足で16,261歩。りんごがたわわに実っている。

貝田宿は福島の最北すぐ宮城県である。義経が平泉まで行く途中腰をかけたといわれる腰掛の松が支え棒で補強されて生きている。
 初冬に義経追って奇跡の木   奈生美

ふるさとの景色に思いをはせているところに訃報。
父方でたった一人残っていた大正9年生まれの叔父が亡くなり、14日通夜、15日火葬、告別式、納骨祭があるという。
 15日は養父の命日でもある。兄弟はやはり同じ頃召されるのかと不思議な縁を感じる。

 このたびは私の係累なのでひとりで行くことに。14日は芸文講座を済ませてそのあと水戸線経由で福島へ急ぐ。
 午後列車の切符を買ってきた。生花などは地元にいる弟に準備を頼んでいる。もっと早く来いとは弟だが、川柳にも少しかじった叔父のこと故、許して呉れると思う。

 いろいろ準備していると夕方までかかってやっと宅急便を出した。それでも入れ忘れがある。明日手荷物にしよう。
 近くには三日坊主吟社がある。来年40周年記念大会を企画されて、選者を仰せつかっているので、翌日にでも佐藤良子主宰にご挨拶に伺おうと思っている。時間は有効に。

 そして新幹線で上野周り取手へ。取手川柳会例会後堀切で校正を頼まれている。またバックして一日で住めばありがたいことである。

 これも仏様のお導きかも。

 

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