川柳 豊橋番傘 8月号 『自由の広場』から
「ギブミーチョコレート」 加藤 哲郎
昭和二十年八月十五日、三年八ヵ月続いた太平洋戦争(第二次世界大戦)がようやく終わった。私はその頃やっと三歳になったばかり、戦争の欠片も感じることはなかった。昭和二十年代も半ばになると、戦争の混乱により疲弊した日本の社会も少しずつ立ち直りを見せ、人々のくらし...【続きを読む】
川柳 豊橋番傘 8月号 『好句往来』
6月号からの鑑賞を、川柳きぬうらクラブの猫田千恵子さんにお願いしました。
○たんぽぽの風にほどける一人旅 齋藤 勝己
さあ、旅立ちの時。これまで一緒に育ってきたたんぽぽの綿毛たちが風に乗って散っていく。これからは一人、新天地を求めて。自立する若者の姿に重なります。
○蔵書かな深夜二...【続きを読む】
ケータイ電話が行方不明に…。
3日の朝は、8時にホテルを出てからが大忙しでした。
自宅に寄って、まずはケータイの充電をしながら出勤の準備
支度が出来て、会社に向かおうと家の鍵をかけようとしてる時に(ケータイ)と思い、取りに行きました。
会社へ着いてからは、まずは工場周り
それから後は請求書の準備のあれこれでバタバタ
あまりの暑さ...【続きを読む】
猛暑お見舞い申し上げます
仕事を無事に終えて、帰宅し、まずは二階へあがり窓を全開にする
そんな日々が続いています。
昨日はブラジル人の溶接工が昼過ぎに
「お母さん、ボクはこころは大丈夫ね、仕事したい。でも身体がダメね うごかない」と言ってきます。
「もういい、いい、今日はあがりな、むりしなくていい、また、月曜日にたのむね」と...【続きを読む】
川柳 豊橋番傘 8月号の編集
水川さんに、うちの事務所に2度も来てもらったりしながら無事に校正が終わり
伊藤印刷さんとの打ち合わせも今日の午後一で終わりました。
『自由の広場』のエッセイに戦後70年という事で
昭和4年生まれの善作さんと昭和17年生まれ(?)の哲郎さんが、その時の事や思いを書いてくれました。
二人とも批判や攻撃的...【続きを読む】
『焼酎 三岳』
24日の夜、校区内の寄り合いが合って、うちの地区からも男性4人女性2人で出席しました。
その6人の中に、うちの組の人が3人いて、
私は残業さんがいるので開始時間より30分遅刻しました。
もう、宴席になっていて、ビールを進めてくれる
「今日は車で来たからノンアルコールだわ」
「順子さんが飲まんなんて、...【続きを読む】
浜松中日文化センター「川柳講座」
昨日は、浜松中日文化センターでの川柳講座の日でした。
乗り物の都合で3人が少し遅れてきましたが、
まだ互選句を、白板に書き出している最中でしたので14人の作品で進められました。
質疑応答や鑑賞の中で、「句意がわからない」との質問があり、
4点入っている句でしたので、4人の人はどう解釈して点を入れたの...【続きを読む】
ハム詰合せの贈り物
亡父の末の妹は、若い頃大阪に出て、一度は鹿児島まで帰ったんですが、
やっぱり大阪が好きで、最期は大阪堺市でした。
叔母は、お盆やお正月だけでなく、ちよっとした嬉しいことがあると
上等のハム詰合せを送ってくれました。
それが我が家の楽しみで
「大阪の叔母ちゃんのハムは美味しいねぇ」と頂いていました。
...【続きを読む】
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