多様性の中の一様性
多様性(ダイバーシティー)という言葉が巷で盛んに使われるようになって久しい。この単語の対義語は画一性とか一様性になる。今まで統一(画一・同一)的なものが社会的規範や模範として認識されていたことに対して、社会問題として多様性を主張することは充分理解が出来ることである。
性の多様性、例えばLGBTな...【続きを読む】
枝垂れ桜の「枝」から始まる私なりの考察について
「しだれ桜」という桜の種類があるが、これを漢字で書くと「枝垂れ桜」となる(「垂れ桜」との表記もある)。枝が垂れているのでそう呼ぶのは分かるが、何故「し」のところにわざわざ音読みの「枝」を当てているの、以前から不思議に思っていた。訓読みで言葉を整えるなら「えだだれ桜」と呼んだ方がすっきりする。
そ...【続きを読む】
痒い!ー孫の手のナルシシズムー
私の両親はいつも孫の手を愛用していた。父親は茶の間のテーブルに常備していて、母親は寝床に置いていた。私が子供の頃は、父や母の背中が痒いというと、首の後ろから手を突っ込んで背中を搔いてやったこともあった。
実は私も昨年65歳になって、冬場に背中の痒みに襲われることがしばしば起きた。最初は物差しで搔...【続きを読む】
共選の面白味
栃木県では、かつて「雀郎祭り川柳大会」が宇都宮市で毎年開催されていた。県内ではおそらく一番大きな大会で、ピーク時には、関東近県や福島県などから200名近くの参加者が来てくれていたと思う。私も裏方の採点集計係として、ノート型パソコンとポータブルプリンターを持ち込んでExcelでの点数計算を担当してい...【続きを読む】
「肖る」ことについて
自分を謙遜して「不肖私がやらせていただきます」などと言ったりする。「肖」は「あやか・る」と読むが、この場合だと「肖らない」ということになる。国語辞書を調べると、何に肖らないかが分かる。答えは親、特に父親である。つまり、謙遜表現で使う場合の「不肖」には、「立派だった父親ほどではない私がやらせていただ...【続きを読む】
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