31日早朝の地震に起こされそのまま起床。朝食は車内で取ることにして弁当を準備。総勢6名にて6時50分スタート。圏央道牛久から常磐道高速へ。一泊旅行となると車はガイヤだが荷物もいっぱいになる。 孫の運転で一路二本松善性寺へナビゲーターセットしたらしい。クーラーなしで十分だったので外気温も24,5度のよう。
南中郷サービスエリアで一度休憩しただけで目的地には10;10に到着。まだ誰も来ていない。お寺のおばあちゃんとおしゃべり。そのうちに喪主たちが続々と集まり50人ぐらいになったよう。福島市の義妹は地震で列車が動かずバスとのことで少し遅れ。小さい抱っこされた子供までマスクをしていたのには驚いた。流石フクシマ、ヤングママたちの放射能不安が出ている。この暑いのにお気の毒な子等でした。
11時からの読経後の墓参りはきつい階段の山道なので湿疹の夫は最初からパス。私は行けるだろうと思ったが途中リタイア。仏様には申し訳なかったが失礼しました。甥や姪たちには無理をしないでといたわられたが居残り組のほうが多かったのは少子高齢化は身近なのです。
孫たちは高村千恵子記念館へ。12時に戻ってきてもらう約束で。菊人形で有名な霞が城は塀だけが残っている。近くのお蕎麦屋さんで昼食。高速へ乗らずに飯坂温泉へ。5時祭屋湯左衛門ホテル到着。
みどり・みどりに囲まれた感じのホテルは気持ちはいいが窓が開かない。10センチぐらいは開いた。
節電協力のつもりでクーラーはやめてそのままにして寝たのが失敗。蚊の襲撃に会う。すぐ占めたが間に合わずでした。網戸があるつもりでした。渓流の音も温泉場らしいので開けたままでした。
夕食は別室でしたが鍋が多く一人2台が噴くとクーラーなしとはいかずでした。ご飯も料理もお膳のなかでしあがるようになっています。茶わん蒸しは具材がたっぷりでびっくり。おなかもたっぷりの夕食でした。
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