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11月3日(祝日)は恒例の川柳文化祭大会。今年はユートリア(墨田曳舟支所と墨田区生涯学習センター)2階ホールで開催された。

私が平成7年「初めての川柳」から「すみだ川柳」というサークルになり16年続いているところである。

「すみだ川柳会」からは10名の出席。若手のみなさんのお手伝いでスムースに開催出来た。会場予約、机やいすの運び片づけとかなりの重労働をこなし、葭田忠正さんは採点係として、予約やお花、記念品は新井千恵子さんを筆頭にみんなで動いていただいた。

台東文化センターで開催の川柳250年大会(平成18年)の受付係をしたことがいい経験になっているすみだ川柳会である。

今日のメインは川柳文化賞授与。今年は宇都宮の川俣喜猿氏(99歳)氏は大正元年生まれ、下野川柳会8代会長を務められる傍ら1969年から読売川柳栃木版選者になり現在に至っている。

1992年には群馬県金山に句碑建立、1997年「雀郎川柳学校」を監修発刊された。同時に「柿の種」「さざれ石」の発刊。

氏の謝辞には「昭和18年には赤紙が来て応召され、3人の子を残してのご苦労は先立たれた奥様の裁縫にかかっていたと労われた。夜間訓練では20キロの爆弾を背負ってな行軍する厳しさにも「負けず嫌いの根性」で乗り切れた、など。

二部の句会は表彰までいないで失礼したがすみだ川柳の出席者は全員抜けてよかった。

帰りの電車にメールが入り特別課題で私が三才に抜けましたと。全没でなく一安心でした。

電車がが取手~藤代間の人身事故によりストップ。取手まで迎えに来てもらって帰宅。6号は混んでいて30分待ったが帰りはスムース約1時間ごに無事帰宅。

抜けたくはたぶん「塗る」上村脩選  一句吐き  

 母の日の母クレヨンに正される  紀伊子   と思う。

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