Loading...Loading...

 ファイル 38-1.jpg ファイル 38-2.jpg ファイル 38-3.jpg ファイル 38-4.jpg

写真①桑折町旧伊達郡役所②和紙に書かれた旧町内地図に見入る佐藤氏③銅像  ④芭蕉像桑折を通って仙台へ

11日桑折駅の雪がこんこん降っていたが、12日朝はあたり一面真っ白、雪国の景色であったが10時になると庭の雪も解け始めた。これだけ3月の地熱は温かいのであろう。
 桑折町雄氏の佐藤氏の御迎えに、実家の弟たちとしばし歓談。郡役所あとの博物館と種徳美術館をご案内いただいた。
半田銀山の掘削図などを改めて見た。半田銀山の発見は大同2年(807年)といわれる。史実として取り上げられてきたのは1661年以降。越後を領していた、上杉景勝が慶長3年(1598年)伊達・信夫の2郡を領有するとともに、領内の伊達郡に半田銀山の本格的開発に入ったらしい。
 家の先祖は半田銀山を目当てに山形からここに落ち着いたと聞いていたので興味があったが、ようやくたどり着けた感じがした。
 室町時代の町の地図で現在の地名の由来など研究しているい方に会えたのはラッキーだった。地名や川の流れの変遷水稲に移行した経緯など教えていただいた。うちの近くに堰掘りがあるのも納得できた。そこでの交通事故死や水難事故も思い出されたが。
お隣には種徳美術館で花と鳥の特別展であった。
町に寄贈されたのは角田林兵衛氏。私の知っている方は7代目林兵衛氏? 昭和30年代、私の職場によくおいでになったので応接室へご案内したり、お茶のご接待をした方だったが銅像になっていた。懐かしくお会いした。
 午後2時には飯坂温泉へ。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K