秋の七草のひとつ女郎花.
女郎(おみな)は女性という意味ですが「えし」はどうなのでしょう。解釈はいろいろ。
そばにいる女性を圧倒するほど美しいから女郎圧し、
そばにいる女性の美しさを減らしてしまうから女郎減し、
女性だと思われる花なので女郎べし(べしは推量の助動詞)。
花が粟飯に似ているから女郎飯(粟飯は女性の主食なので女飯と呼ばれ、白米は男飯と呼ばれたとか?)との説もあります。男郎花(おとこえし)いう花もあるそうです。女郎花の花は黄色ですが、男郎花の花は白。この男郎花を意識して女郎飯setu の俗説があるのかもしれません。
謡曲「女郎花」によると、小野頼風の心変わりを嘆いて身投げした女性の衣が朽ちて、そこに女郎花が咲いたとか。成熟した大人の女性を思わせる女郎花ですが、つらい思い出を心に秘めて美しく咲いているのですね。
カルチャーで源氏追いかけ女郎花
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紀伊子さん おはようございます。秋ですね。私は、春よりも秋が好き。おいしいものを少しいただき、この秋も楽しみます。この連休に、体調を崩した、かみさんが元気になったら、ぶらりと、小さな旅をしようと考えています。そんな気にさせていただきました。ありがとうございます。
茂男様
おはようございます。
奥様の体調が早やく良くなられますようにお祈りしています。
洗濯物の山を干されたというので不思議に思っておりました。どちらが不調でも家の中は回りません。お互いに助け合って体調を崩さぬようにしたいと思います。
明日二本松の義姉の3回忌に主人に行ってもらうので今日はこれから彼の散髪ををやります。
東北の秋はいいようです。
お二人で出かけられますように。
おはようございます。
女郎花 花言葉は忍耐・親切。
当町に「女郎橋(ジョロウバシ)」という字名が現存します。その昔、日本の経済を担った半田銀山跡の傍です。佐渡金山に比べて比較的自由であった半田銀山の人夫も、ふと自分を取り戻す時真剣に語り合ってくれる女性を求めて盛り場に足が向くのです。
親も兄弟もない、友も信用できない。同じ境遇を持つ男女が人間性を求めあうのです。
翌朝、女性達は彼等を銀山まで送って行って橋の袂で涙で励します。「自棄になっちゃだめよ。体に気をつけてね。また来るんだよ。」
男達は女性と母親を重ね合わせて元気を再生、労働に励むのでありました。
女郎達は男の極限から村の平和を守ってもいたのです。
「女郎橋」そんな哀しくも情のある橋の名が残る字名です。橋のたもとには彼岸花(花言葉・また会う日を楽しみに)が群生しています。
女性は男性に、男性は女性になにを求めるのか。半沢10倍かえ氏の奥さんのようであったらと思っている世のサラリーマン氏も多いことでしょう。
マンジュシャゲと手を取り合って女郎花
千四さま
おはようございます。
半田銀山跡地が女郎橋といわれているのですね。昔の半田村でしょうか。
石見銀山(島根県)生野銀山(兵庫県)と半田銀山(福島県)という日本3代銀山がわが故郷にありました。
西暦807年に発見され手から明治まで掘り続けられた銀でした。帰省の折り千四さんにご案内いただいて資料館で説明をしていただいたことを思い出しました。
遠くから来た男性を母親代わりにいたわったのがお女郎さんですね。
家の母には何かにつけて「お」をつけて、たしなめられました。
少し派手なものを着たり、だらしなく来ていると「おじょろ」みたいだ、と。まだ残っていたのですね女郎橋とともに・・・。
男と女は切れないものなのです永久に・・・
マンジュシャゲと手を取り合って女郎花
女郎花から半田銀山まで身近に勉強させていただきました。
今日もありがとうございました。
女郎花は花に疎いボクが学生時代覚えた花の一つです。遊郭全盛時代だったので、友達に女郎花を読めるかどうか得意になって試していました。読めた者は少なかったが、なつかしい花の名です。
「親の命日忘れても33・3・31日忘れない」時代に青年期を過ごした者のブログ汚しのコメントでスミマセン。
無冠帝さま
見るのが遅れて申し訳ありませんでした。ゆっくり振り返りました。
「親の命日忘れても33・3・31日忘れない」時代に青年期を過ごした者」とありますが、もっとお若い方と思っておりました。
私は高卒社会人一年生でしたが、女性でもなくしていいのかなと思いました。男性はしっかり覚えられたのですね。
橋下市長の風俗発言に売春禁止法はどうなるのかな?と
彼は知らないのですね・・・。ことしはいろいろありました。