こんばんは、東京のタケです。
27日、大阪M岡女史との恒例会議を行ったところです。
何だかんだと過ごしていたら、月末になってしまいました。
12月に入ると、もう少しで相棒のムギュー(猫)とお別れして1年になります。
昨年の今ごろは、仕事の合間にちょこちょこ動物病院に通っていました。
「食べさせて体力をつけないと」
「何とか水を飲ませてください」
と、先生は診療のたびに繰り返しおっしゃいました。
検査も手術もいたずらに体力をうばうだけなのでお勧めしない、との見解。
助けてあげることはできない、という厳然たる事実が私を支配しました。
でも、当時は分からなかったことも、今ならよく理解できます。
獣医さんは、私がマイナスの感情にひきずられることのないよう
常に言葉を選んで私に語りかけてくださっていました。
「少しでも口から食べられるよう工夫してみて」
「このシリンジを使ってみたらどうかな」(と試供品を分けてくださった)
「変わったことがあれば、午前中に電話ください」
「今からでもいいので、診せにきてください」
診せにいってもお薬以外に積極的治療をされるわけではありません。
手のほどこしようがなかったのでしょう。
診療台でムギューを優しくなでて、それだけで終わる時もありました。
診療代は結構ですとおっしゃって。
先生は、もうムギューの命が長くないことを分かっておられた。
素人の私でさえ、様子を見ていればだいたい分かります。
でも診せずにはいられなくてせっせと通い、朝も夕も電話で相談しました。
むしろ先生の方から、様子を教えてと指示をしてきました。
そのたびに「何とか食べさせて」「水を飲ませて」と励まされました。
「そろそろ覚悟を」「もうダメ」「諦めて」といったニュアンスの言葉は
結局、最後の最後まで先生の口から一言も出ませんでした。
明日への可能性の余地を残した、励ましの言葉に終始していました。
たとえ結果は変えられなくても。
今となっては分かります、どれだけ先生の「選んだ言葉」に救われたのかが。
病院に通ったのはたった2週間ほどでしたが、段階をふんで
私はムギューの病状を受け入れることができました。
作者の言いたいことを17音にギュギュッとまとめて表現する川柳。
言葉を選びに選びぬく文芸。
改めてすごい仕事に関わらせていただいているのだなと
ムギューとの別れを経て、川柳への思いをまた深くしました。

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いま、涙をこらえながらコラムを読みおえました。
あらためて無牛さんの冥福を祈ります。
〈さようなら涙袋を絞り切る ゆ〉
ペットとの別れは人とのそれと違う純水に似た涙が生れるようです。
タケさんの気丈な心根にもこころが動きます。
さあ、前へ進みましょう。
ご自愛を。
ゆ(宮嵜勇造)さん!
こんばんは、コメントありがとうございます。
ムギューが元気だった頃から何かと気にかけて頂き感謝しております^^
川柳マガジンの投句用紙に、ムギューのことをメモで書いてくださった
多くの愛読者の皆様にも、この場を借りてお礼申し上げます。
今は時々、憎たらしい表情の写真ばかりを眺めては笑っています^^
そういや、寝てばっかり食べてばっかりのぐうたら猫が川マガにいたね~
と、たまに思い出して笑っていただければ嬉しいです。
本当にありがとうございました!