Loading...Loading...

今日は、川柳展望の夢草先生の東京吟行会にお邪魔して、楽しい時間を過ごしました。強力な「雨女」ないし「雨男」がいらしたようですが、吟行中の1時間ほどは、ちょっとした晴れ間になり、ひそかに自分の「晴男」の効力かと一人合点していました。

140611_2

作句も、「吟行」という日常から離れた気分での作句機会は、机に向かう仕事の私にとって、えもいわれぬいい時間でした。

収穫は、夢草先生の褒める「難波」的可笑しさの作品と、私が目指す「江戸」を引きずる作品とのギャップで、この多様性が川柳の力になっていると感じました。東京から参加の作者の句に、夢草先生がしきりに首をかしげているのを見て、文化の違いがあることを再認識。それだけでも愉快な時間だったと思います。

 「間」という課題の選を仰せつかりましたが、上手い句の多い中、その上手さが、類想から脱していないものが多いことに難をつけましたが、十七音しかないので、それを認めねば仕方ないというご意見。枯れている大先達の言に、青二才は、それでもその枷を超えて行かねばならないと、青い理想をぶつけました。

 来年は、川柳が文芸の資質を獲得して250年の節目です。文芸(言葉の芸術)というからには、過去の繰り返しだけは避けたい…と、思うこの頃です。あたたかく、青二才の言い分を聞いて下さった、夢草先生に「乾杯」。気持ちよく酔って帰ってきました。

140611

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

川柳展望東京吟行会 於・豊島園”にコメントをどうぞ

  1. 高田 桂 on 2014年6月12日 at 12:03 AM :

    本日は雨の豊島園遊園地の吟行会にご参加くださり、本当にありがとうございました。
    帰宅してパソコンを開きましたら、一泉先生のブログにもう写真入りでアップされていて、その素早さにびっくり仰天致しました。
    天根夢草先生と、一泉先生の微妙な川柳評の違いと、ニュアンスの違いが大変に面白く、大阪と東京の文化と感覚の違いを、狭い日本なのにと、改めて愉快に感じました。
    延々と4時間近く続きました飲み会の話題も盛り沢山で、有意義な時間でした。
    お忙しい中、本当にありがとうございました。お疲れが出ませんように。

    • 尾藤 一泉 on 2014年6月12日 at 8:08 AM :

       すっかり、楽しく呑みすぎて、ちょっと二日酔い気味です。楽しい時間でした。いろいろと有難うございました。
       柳風の違いは、多様性の証。とはいえ、互いに拘って発展させることが、より深く、広く川柳を進める鍵です。私は、江戸前の川柳風を継承せねばなりません。
       首をかしげる夢草先生が、なんとも可愛らしく、好きです。

  2. たむら あきこ on 2014年6月12日 at 12:10 AM :

    一泉さま
    本日のブログには関係ないことですが。昨日のお嬢様の写真、可愛いですね。何年程前のものでしょうか。
    これを書くのを忘れていました。(^_^;)
    ではまた。

  3. 尾藤 一泉 on 2014年6月12日 at 8:09 AM :

     おはようございます。2年ほど前のことです。
     それがすっかり大人びて、最近はレディーになって、パパのことを相手にしてくれぬお年頃です。
     いやはや、父親なんて、ツマラナイ存在です。

  4. 太秦 三猿 on 2014年6月13日 at 9:22 AM :

    はじめまして。ブログの写真ではお隣の、札幌川柳社の三猿です。よろしくお願いいたします。札幌から関東を飛び越して、川柳展望の会員になっています。札幌と展望の句風はかなり違いますが、私は展望が妙に居心地よくてお仲間入りした次第です。夢草さんが、札幌の句会に来られたらやっぱり首を捻られると思います。これから、よろしくご指導ください。

  5. 尾藤 一泉 on 2014年6月13日 at 8:14 PM :

     はじめまして。
     お隣さんというのは、うれしいことです。今後ともよろしくお願い申し上げます。
     夢草先生が、首を傾げられたことに、私は心の中で嬉しく思っていました。
     私は、若いせいか、古川柳の世帯人情、伝統川柳の世界および時事川柳などの客観表現も明治新傾向川柳以降の主観、それも情念から哲学表現まで、割と何でもコイの感覚があります。すなわり、客観-主観360度の表現世界に首を傾げることなく、大阪の川柳も北海道の川柳も、また東北の個性も感じます。
     はじめは「若いから…(世代の違い)?」かとも思いましたが、夢草先生が、首をかしげるのには、「解らない」からではないことを感じました。
     『展望の川柳は、これではいけない』ということを、判らん振りをして暗に示していたのでしょう。なまじ、僕が江戸風(関東風ではありません)の見地から肯定的評をしたのに対し、夢草先生が拘りを見せたのだと思います。
     これで良いのです。川柳が、日本列島みな同じ世界になるのではなく、個性や拘りを持ち続けることで、川柳文化に広がりと深みが生まれます。
     東京では、句会中心になってしまい、何処の句会へ行っても似たような句が入選していて、十年一日の感ですが、僕が句会へ出始めた30年前は、句会ごとに個性があり、作者との相性などで、師を選ぶ時代でした。
     それが、薄れた今日、夢草先生の拘りに嬉しくなりました。
     呑みながらも、「俺はわかんねー」と言っていましたが、私ごとき若輩でも「わかる」のですから、あれはポーズだと思います。「わかる」のと「みとめる」のは、別次元。態度で示す姿が、かつての先輩柳人の影を見るようで、嬉しくもなったのです。
     句風の違いは、個性であり、互いに認め合いながらも、地域や作者の個性に「こだわり」を持つことが、今後の川柳の 多様性=力 になるように思えました…。

尾藤 一泉 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K