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ついに本日90歳になりました。思えばよくぞ生き抜いたものです。生まれた翌年に226事件がありました。雪の帝都を若い軍人たちが決起した大事件でした。その後日本は軍国主義へ走り、太平洋戦争へと。「大本営」発表の大戦果に大喜びしたボクらでしたが、実際は負け戦。そして敗戦を迎え、ボクらは先生から「日本は4等国になった」と教えられました。「戦争に負けて悔しい、みんなで再建のため頑張ろう」と言った先生は一人もいませんでした。腑抜けになった先生たちに教えられ、小学校を卒業、新生中学の出来た年に進学し、新制高校で男女共学になった年に高校へ進学。ボクらはいつも端境期を生きて来ました。敗戦体験は大人への不信感を強く植え付けられました。この体験が、後の川柳作句の根底にあるのだと思います。長じて銀行員になり、家庭の事情から薬品問屋の社長になり、調停委員をやり、テレビ、ラジオにも出演し、川柳作家として波乱に富んだ90年を過ごして来たのであります。もう面白いことはなさそうです。この先は呆けるか、死ぬかその時をボーっとして待つことになりそうです。

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  1. 新家完司 on 2025年2月19日 at 8:23 PM :

    こんばんは~。90歳のお誕生日、おめでとうございます✌
    まだまだ萎まないで下さい。後に続く後輩たちのために、「長生きもいいものだな~」というところを垣間見せて下さい。
    とりあえずは、4月の川柳展望の大会などはいかがですか。懇親会で久しぶりに乾杯して、長生きの秘訣などを聞かせて下さい✌✌

    • 太秦 三猿 on 2025年2月21日 at 11:53 AM :

      コメントありがとうございます。
      4月の大会とても行きたいのですが、ちょっとと言うか、とても無理です。冬場はしないでも出かけられず、せいぜいタクシーで病院へ行くぐらいです。でも行って皆さんとお会いしたいという気持ちは十分あるのですが。
      完司さんもどうぞお元気で、90なんて飛び越してください。
      お祝い有難うございました。

  2. 橋倉久美子 on 2025年2月20日 at 9:26 AM :

    お誕生日おめでとうございます。
    母も昭和10年生まれですが、2・26事件と結びつけて考えたことはありませんでした。
    川柳界には、90歳を超えてもお元気な方、佳句を生み続けていらっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。
    三猿さんも今しばらく、私たちの先導者でいらしてください。
    とりあえずは、ご家族ともども、無事に冬を越えられますように。

    • 太秦 三猿 on 2025年2月21日 at 12:19 PM :

      久美子さん、お祝いありがとうございます。
      何となく90になってしまいました。お母さまが同い年とは、びっくりです。
      226事件は「ひどく寒い日226(1936年)で、受験勉強で唯一覚えていることです。大会で、夢草さん、完司さん、柳歩さんなどにお会いしたいと思うのですが、もう無理です。せめて展望誌上で皆さんにお会いしたいと思っています。4月に白内障の手術をするので、出来れば川柳だけは続けたいと思っています。どうぞお元気で。

  3. 野村 賢悟 on 2025年11月1日 at 9:47 PM :

    ここに92歳の元気なのがいます。私の2級上は予科練で沢山死にました。折角貰った命です。せんだって、免許の更新もしました。100までは生きるつもりです。呆けるのは家内が引き受けてくれたので心配ありません。90くらいで惚けてはいけません。頑張りましょう。

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