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こんばんは、東京のタケです。
昨日25日の尾藤三柳先生のお通夜(都内墨田区)と
本日26日の告別式に参列しました。

正直、まだ実感がわきません。これから何かにつけ
「あ、もう先生に教えて頂くことはかなわないのだな」
と自分の中に受け入れていかなければなりません。


乱世を
乱世を酌む友あまたあり酌まむ  尾藤三柳
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ひょんなことでこの世界に入りましたが、
川柳が縁で、先生にご指導いただくことができました。
この仕事を続けていられる、私は本当に幸せだと思います。
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「お前が言うな」と、人生の先輩方からお叱りを受けそうですが、
人生が有限であることを、ようやく腹の底から理解できた気がします。
のほほんと過ごしていた若い時には、考えも及ばない境地です。
(考えることを放棄していただけかもしれません)


川柳界の兄と慕っていた加藤鰹さんが51歳で急逝、個人的にもペットを亡くし、
そしてまた尊敬する三柳先生を失って、考えたことがたくさんあります。


自分が出来ることを常に意識しながら、毎日を大切に過ごしたいと思います。

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乱世を。”にコメントをどうぞ

  1. 二宮 茂男 on 2016年10月27日 at 6:33 AM :

    麻衣子さん お早うございます。私は通夜だけでしたが、お棺に収まった三柳先生を目のあたりにしても、まだ、その気になれず、心の中のがらんどうはどうにもすることも出来ません。あの夜、斎場に早めにつきましたら、遺族の席に座って欲しいと言われ、瓢太郎先生、太郎さんと三人で、読経の後、7時過ぎの住職様の戒名の説明までお聞きして、帰ったものですから、ご挨拶も出来ずに失礼しました。お疲れ様でした。

    • take on 2016年10月27日 at 10:51 PM :

      二宮 茂男 先生

      こんばんは、いつもお世話になっております。お通夜には大阪のS編集長と参列しましたが、こちらこそごあいさつができず、申し訳ございませんでした。お席での茂男先生の後ろ姿、拝見しておりました。

      中興の祖・井上剣花坊の娘さんの大石鶴子先生が亡くなった際、「川柳の一つの時代が終わってしまった」と深い喪失感がありました。今回もそうです。川柳マガジンに何度か書いたことがありますが、三柳先生から教えて頂いた中で最も印象に強く残っているのは「川柳とは何ですか?」と質問した時の先生の答えです。「そんなことも分からないのか!」と怒鳴られたらどうしよう、と当時はおそるおそるだったのですが(結局、先生に怒鳴られたことは一度もありませんでした)、勇気を出して聞いてよかったと思います。改めて小誌に書く予定です。

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