父の七回忌を明日(19日)でお寺さんに電話をかけたら住職に予定が入っていて、今日(18日)ということになりました。
今日は生憎と出勤日です。で、9時から12時までを甥っ子や従弟に留守を頼んでお寺さんへ。
長男も仕事で、妹は体調が悪く、名古屋から来た長女との親子4人です。
お寺に着いたら住職が三角布をかけている。鎖骨を痛めたといいます。「明日の予定は?」と聞いたら「3ヶ月前から楽しみにしていたけど行けなくなった」と言われます。内心、明日なら従弟も甥っ子も長男一家も…と思いました。
でも、丁寧なお経をあげていただき、住職との四方山話もゆっくり出来たので、父にとっては水入らずでこれで良かったかなと思い直しました。
お墓でのお経も終ったら昼前です。夫も一緒に昼食をと誘いましたが、「俺は会社に戻るから、お前はもう来なくてもいいよ」
平成12年8月のお盆休暇前に、父の掛かり付けの医師から癌の疑いがあるから、お盆休暇明けに豊川市民病院へ行くように言われました。
父と私とで豊川市民病院へ。手術の可能な肺癌だといわれました。
市民病院の帰りに父が『漁火』というお店の近くで「順子、あの店へ行こうか、寄れ」
店に入ったら、父が「一番高いもんを食おう」
今日は、そんな思い出のある店へ娘達を誘いました。父と食べた「店で一番高いもん」を食べました。
それから、前にこのブログに書いた『喫茶 藤』へ。昼間というのに村の人たちが結構居て「父の七回忌の帰り」と言ったら、父の思い出話に。
私は、父が酔うと歌っていた「お富さん」 3番が父のことを言っているようで好きな「山の吊り橋」 父が酔うと「順子歌え」と言っては歌わされていた「旅姿三人男」「瞼の母」を歌い、娘達も数曲歌いました。菜穂の歌った「アンマー」にじんとしました。そしてラストは鈴木家好例の「タッチ」で締めくくりました。
父の供養というより、私の日だったです。
句会後の一連の事をし終えましたので、6月号の編集にかかります。
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