村田周魚翁五十年忌墓参
江戸っ子の遺志まだ散り残る桜 一泉
4月11日は、村田周魚翁の50年忌です。かつて東京を代表した川柳きやり吟社を育て上げ、〈六大家〉の一人として川柳の指導的役割を果たしてきた周魚翁の墓所は、雑司が谷の玄静院にあります。
20年ほど前までは、きやり吟社の人々で賑わったという周魚忌墓参も今では忘れられてしまったようです。
夏の「周魚翁五十年忌記念川柳展」の成功を願って、香華を手向けて手を合わせました。
周魚翁は、単に句会を大きくしようとか柳誌を厚くしようなどということを目指したのではなく、川柳文化の深さや広がりを広めることに情熱を燃やし、川柳の発祥地である〈東京〉において、先人の顕彰や作品展、建碑などの行事を通して発信しました。
その結果、それらを紹介、解説する記事が増え冊子も厚くなり、また人柄を慕って会員も増えていったのでしょう。
高齢化によって維持ばかりが主目的になってしまった今日の川柳界に、翁はじりじりしていたのではないか…ということを墓前で感じました。
私どもは、周魚翁の系列にある川柳家ではありませんでしたが、周魚翁を知れば知るほど、久良伎翁の指導した「川柳の機会を作る」ということを実践的に行っていたのだと感じました。
あらためて、翁の偉大さに心を動かされながら、その遺志の幾分かでも継げるよう努力しようではないかと、博柳さんともども桜が散り残る墓所を後にしました。

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