その昔、編集部で「恐山のイタコに呼んでもらうとしたら誰に会いたい?」という会話になったとき、迷わず私は「柄井川柳!」と即答していました。
自分の名前が文芸名になる川柳が、とにかく輝いて見えたのです(笑)。
でも、今は違います。
今なら断然、ゴリョウケンカユウに会いたいです。
川柳の三恩人の一人、呉陵軒可有は川柳のバイブル「誹風柳多留」の編集者。初代・柄井川柳選の入選句をさらに超厳選した「誹風柳多留」初篇は、1765年に可有と版元・花屋久治郎のタイアップにより刊行されました。以降、「柳多留」は167篇まで60数年にわたり刊行され続けたのですから、すごいですよね。
可有は優れた編集者だけではなく、優れた川柳作家でもありました。達吟家として、いつも句会で高点句をかっさらっていたそうです。その景品が「木綿」だったことから、「木綿」という号がついたとか。うーん、カッコいい! もちろん私は実作者になれませんが、川柳の編集者として永遠に憧れの存在です。
そんな彼の法要句会である「可有忌」は5月3日、川柳寺こと龍宝寺でおこなわれます。
写真は川柳研究社さんの編集会議にお邪魔する際にパチリ。
JR新橋駅周辺です☆
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