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もと同僚が、ある川柳大会に出席していたと、取材先の記者から報告が入った。
その同僚の名前を聞いたとき、センマガ創刊前のことが走馬燈のように私の脳裏を駆けめぐった。

「川柳が嫌になった。だから川柳以外で自分の腕を試してみたい―」
と言い、引継もそこそこに慌てたように退社していった同僚。
正直なところ、我々が命をかけている川柳に対して、後ろ足で砂をかけられた気分であったが、
「引継の仕事はフリーライターとしてやらせてほしい」
と言っていたので、その言葉を信じ、応援の意味も込め、他の小さな仕事もいくつかやって貰った。

あるとき、そのフリーライターと音信不通になった。
同僚であったときから、音信不通がその人の代名詞だったので、「ああ、またか」と我々は計算していたかのように半ば諦めるが、クライアントは、そういうことも知らないし、許してくれない。

それから一年後のこと。大物川柳作家数名から連絡が入った。
「川柳のフリーライターになるからよろしく、と、あなたのトコロにいた〇〇さんから連絡が入って―」
また、
「これは非常識にもほどがある! 絶対に許してはいけない!」と我々より興奮してくれる人もいた。

「川柳がイヤになった」のではなかったのか? と我々が訝っている間に、イヤイヤやっているはずの川柳を人様に教えたり、そして今回、多くの川柳作家が集まるところに、平然と姿を見せる。

同じ釜のメシを食っていたとき、同じ義を持ち、同じモラルを持っていたのだが。
「時は人を変える―」。わたしも変わらないといけない、か…。

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