年末に会員になっているホテルの方が挨拶に見えました。
「正月休みの中で一晩と思っていたんだけど忙しさで予約をせずじまいになっていて…」と話したら「1月2日・3日が取れました」と嬉しい連絡がありました。
で、久々に夫と二人でお泊りに。
2日の夜は新春恒例の福引大会でした。こんなとこで運を使いたくないなと思いながらも会場に行きました。6人テーブルの椅子の一つに何故か鞄が置いてあり、離れた席に年配の男性が座っていました。私は、そのテーブルの空いている隅の椅子に座りました。
福引大会の前に「子供たちへのお菓子撒きがあります」とのこと。間なしに宝箱みたいな箱をホテルマン達が「わっしょい、わっしょい」と担ぎ舞台の方へと向かう。子どもたちへたくさんのお菓子が撒かれました。
お菓子巻きが終わってから、私の座っていたテーブルに子供二人とパパとお祖母さまと思しめき人たちが来て座る。この人たちの席だったのか、と思う。男の子のほうはお菓子をたくさん拾ってました。女の子(妹)も拾えていました。なんとお祖母様も拾っている。何でも少し離れた所で飛んでくるのを拾われたとか。なんと逞しいお婆様よと思っていたら、男の子が「ねえねえ、どうしてそこに座っているの?」と私に聞く。「お祖母ちゃんのお友達?」と続けて聞く。「そう、たった今お友達になったのよ」とお祖母ちゃん2人が男の子に応え笑みをこぼし合う。しばらくして男の子が私にうまい棒を1本「これあげる」「ありがとうね」と私。お祖母さまが「〇〇ちゃんは優しいのね」。温かい気持ちになり、いい正月だなと思う。
さて福引、なんでも司会者の話では1000人以上の人が泊まられているのと事。その中の30部屋に当たるのだという。30位から始まり、29位は司会者が「うまい棒60本」と言う。なんと私の部屋の番号を読み上げるではないか。うまい棒60本は貰ったものの、あの可愛い男の子と女の子の席には戻れなくなりました。混んでいることを理由に離れた席で(どうかあの家族にも当たりますように)と祈りましたが、くじ引きは無常でした。
今日も忙中閑に男の子の「ねえねえ、どうしてそこに座っているの? おばあちゃんのお友達?」の愛くるしい声が聞こえてきて、ほんわかしてました。
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順子さん、そして皆さん遅ればせながらおめでとうございます!
順子さんの「新春こぼれ話」を読ませて頂いたら、もう暖かさが胸の奥まで伝わって来て、私までほんわかさせていただきました。
順子さんはじめ皆さま方はこのお正月、いかがお過ごしされましたか?。元旦早々から、立て続けに大きな災害が発生し、この一年が案じられる様相を呈していますが、無慈悲な自然災害には何とも心が痛みます。この地方も大きな揺れに見舞われ私など、まさに腰を抜かすところでした。
我が家の元旦は仕来り、というと大げさですが元旦は揃ってお雑煮をいただき、お昼前後に何賀状が配達され、一枚一枚頂いた方のお顔を思い浮かべ読ませていただく、何とも至福なひと時を過ごします。元旦は初詣でも行かずに家の中で過ごします。テレビもどこに変えても私のような老人には波長が合わず、二階へ上がって読書。
題名は「窓ぎわのトットちゃん」。戦後最大のベストセラー、と言われて日が長くいつかは読みたかった本でしたが、やっと思いが成就。暮から読み始めましたが、大人が読んでもいつの間にか「徹子さんワールド」に吸い込まれて行きます。・・・丁度4時を過ぎたのでぼつぼつ下へ降りてお茶でも飲もうとした時にスマホが大騒ぎで何か騒いでいます。目の前の本棚が右に左に小刻みに揺れ出しました。少し大きな地震が来ました。
落ち着いたところでキッチンへ戻ると、何と妻と娘がテーブルの足にしがみついて震えていました。そこへまた小さな揺れが来ましたが私の入る隙間が無かったので立ちすくんでいました。久しぶりに大きな地震に遭遇しましたが、今まだ全容が判らぬ能登半島地方の被災地に思いを馳せ、ただただ一日も早い平穏な日が訪れますよう祈るばかりです。
1月3日、やっと外に出ました。シャバ(外の)空気のうまい事。今日は町のグラウンドゴルフ協会の「新年初打ち会」。開会式で「能登地震の義援金」募金にご協力を、とお願いがあり、特にホールインワンをされた方は積極的に募金箱え・・・と重ねてお願いしていました。私は全く成績は振るわず、ホールインワンもありませんでしたが、帰りに心ばかりの募金に協力してきました。
1月12日、蒲郡川柳会が開催されますが、宿題の「風呂敷」がまだ作ってありません。いつもいつも切羽詰まらないとエンジンが動き出せません。教室の30分席題など、もう死ぬ思いです。また一年こんな状態が続く事を思うと頭が痛いですが、先生のご指導を得て頑張りたいと思います。先生、そして教室の皆さん宜しくお願い致します。
てつろうさん、皆さん、おはようございます。
哲郎さん宅のお正月の仕来り、いいですね。
うちにも流れがありまして。大晦日の昼は同居している三女とお婿さんとで、家の近くのうどん屋さんで食べ放題の年越しそばを食べます。育ち盛り(?)のお婿さんは何杯もおかわりします。それからは、お婿さんの実家へ三女も出かけますので、夜は夫婦だけ、元旦も二人です。で、例年は「年賀状」書きの私だけの世界となるのですが、今年は、謀反を起こした左脚の回復の為にほとんどベットで横になって、皆さんから届いた年賀状をベッドの上で有り難く読んでいました。2日の午後から3日の午前中はブログに書いた通り。3日の昼前に豊橋動植物園に曾孫たち一行と三女が集合して…。という流れでした。
長女が生きてた頃は、名古屋のご一行は2日・3日にお泊りな来てくれてましたが、去年から1日ずれています(笑)。忘れずに会いに来てくれるだけでも嬉しいです。幸せタイムでした♪
昨日は仕事上での年始の大切な日でした。
まずは慰霊塔へのお参り、それから豊川稲荷への初詣。協力会社は5社ですが元請けの方は社長以下10名です。今年も仲間に加えていただき感謝です。問題は左脚。私の代理をとも思いましたが、1月の製作数も1.5倍だから誰一人余裕のある者がいない。秀さんは人嫌いタイプ。痛む足を踏ん張って歩きました。元請け事務所前からうちの事務所まで歩いて行くのの遠く感じた事。一応自分ではしっかり外見を装うたつもりでしたが、昼の休憩時間の終わり頃だったから、数人の従業員に見られてしまってました。三女が昼から工場に行った時に「お母さんの足はどうしたの?」と聞かれたそうです。
昨日は、給料支払い日でしたので、給料明細書を手渡すたびに「足は大丈夫かん?」
で、今日は三女に「午前中は休んで昼からきて」(休んでとはいわない・笑)
私を巻き込んどいて、今病まれても辞められても私は困る。もう少し付い取ってもらわんと困る。が今のところの三女のご意見でして…。甘えてはおれんです。
昼には少し時間があるので、少し身体を休めてきますね。
順子さん、皆さんこんばんは!
今日は「蒲郡川柳会」の開催日。令和6年、今年最初の開催日で教室に入ってくるたびに「今年も宜しく」という言葉が飛び交っていました。今日は都合によりお二人の方が欠席となり、7名の精鋭の方々による句会となりました。
会が始まる10時近くになって、1番前の机の上に分厚い「川柳事典」が置いてあり、先生の御欠席を知る。幹事の公一さんが先生のお休みを報告、早速今日の席題を決める。本をめくって三つの題を公表し、最後に全員の挙手で「うるさい」に決定、30分間の作句タイムに。
今日の選者は、公一さんとはるよさんが努められた。課題は「風呂敷」。風呂敷なんてもうすっかり忘れられた存在となり、私も昔々を思い出し脳のみそをフル回転させ、今朝やっと二句作って提出しました。最近は何事をするにも老化が進み、期待できなくなって来た。
席題の「うるさい」の方は公一さんが、いつもと変わらぬ名進行役で句会を進められた。みんながこの題を決めただけあって、秀句佳句いろいろ読み上げられ、和やかなうちに今日の川柳会もお開きとなった。あまりにも順調に進められ時計を見ると11時15分。
まだ大分時間に余裕があったので、以下はフリータイムとなり公一さんの進行役で、「お正月を中心に最近の出来事」をお一人おひとりに、話していただく事になりました。いろいろな話の中で、矢張り一番盛り上がったのは、私たちの子ども時代の遊びでした。凧揚げ、カルタ取り、コマ回し、中には地面に釘を差して陣取り・・・懐かしい正月遊びに興じた思い出をいつまでも話していました。”お正月凧揚げ羽根突きどこ行った”、子どもの頃「明治は遠くなりにけり」とよく聞いたものだが、今はもう「昭和が遠くなりにけり」だ。
蒲郡川柳会、今日は7名とほんとに少ない出席者でありましたが、中身はもう元気いっぱいの方々ばかりで、とても楽しい一日を過ごすことが出来ました。皆様ほんとにお疲れさま有難うございました。最後に先生のお元気な姿と、阿々茶さんの一日も早いご快癒をお祈りし、本日の川柳会のご報告と致します。失礼いたします。