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4月18日夕方に長女の婿さんが亡くなりました。享年59

私たちは婿が2年前から胃癌と闘っているのを知っていました。でも、婿の両親は(親に心配をかけない)ということで秘密になっていました。で、19日の朝に婿の弟に「通夜告別式に私たち親子も是非参列させていただきたいですが、よろしいでしょうか?」とメールしました。「通夜告別式にご遠慮なく参列してください。詳しくは〇〇(私の初孫ちゃん)にでも連絡して頂ければ幸いです」の返信が届きました。

21日夜7時からの通夜、22日午前10時からの告別式、婿のご両親が斎場に行けないというので私たち夫婦もお骨上げをさせてもらいました。

舅さんには、お姉さんが2人、妹さんが1人いて、結婚式を済ませ、娘が本宅に入る儀式には妹さん夫婦が親代わりを務めてくれました。披露宴の席で舅さんの長姉になる人が私の所に来てくれて「娘さんの事は私に任せなさい、大事にするから」と言ってくれました。

初孫ちゃんの満一歳のお祝いには舅さんの姉妹さんたちも集い立派な宴となりました。その時以来の再会なのに、不思議なもので27年も会っていないのにわかりました。舅さんの長姉は亡くなっていましたが、次姉さんが長女の事を「風習に慣れようと懸命で、優しい娘さんだった…」次姉さんに付き添っていた女性の人も「私もあの祝いの席にいましたよ」

今朝、今はロアジールホテルになっていますが、ホテルのロビーで2?年前に舅さんと初対面した日を思い出しました。舅さんには長男の嫁としての理想があったのでしょう、断りに来るという事でした。部屋でなく、ロビーでです。今思うと随分な屈辱に遭ったのですが、娘たちが相思相愛ということを知っているから、私は必死でした。いろんな質問責めに合いました。ほとんど忘れてしまいましたが「私はそういう娘には育てていません」と言い切った事だけは覚えています。

断りに来たはずの舅さんが三か月後には結婚式をあげると言う。

それには「時間をください」と応えました。娘は管理栄養士として病院勤務をしています。3年間の実績を経験してないと再就職が厳しくなる、3年間の経験を積むまで結婚式を延ばしてくださいと。姑さんに「嫁に働かせることは絶対ありません」と言われましたが、こちらの希望を受け入れてくれ結婚式は秋になりました。

残念なことに長男に嫁いだのに、娘は男の子を授かることが出来ませんでした。

「風習に慣れようと懸命だった」長女を認めてくれた人がいた…、

私は長女を誇りに思います。

川柳の編集週間にしようと思っていたけど、何もできなかったです。ふつふつとした思いを此処で吐かせてもらって、次にステップします。川柳の神様に感謝します。

 

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