3時に目が覚めました。
なぜか、生母が再会した時などに話してくれた、
「順子を畑へ連れて行き、木陰に寝かせて仕事をしている時に、雨が降り出したので、慌てて木陰に行ったら、泣きもせんと、木の葉の間から落ちてくる雨粒を、口をあけて一粒一粒受け止めて飲んでいていた」とか、
「寝ている順子を、土間に落ちたいように床柱におぶ紐で縛って出掛けたら、起きて囲炉裏まで這って行って、囲炉裏の中の消し炭を食べて口のまわりを真っ黒にしてニコニコしていた。慌てて、お爺さんに馬車を引いて貰って、お父さんと病院へ連れて行った」とかを、思い出しました。
生母とは、数回しか会ってないんですが、多分、元気な母に会ったのは1回くらいで、後は、すい臓がんが判ってから会いに行ったと思うのですが、初めて生母に会いに行く前夜の、父の寂しそうな顔も思い出しました。
そんな父が、我が家に来ている時に、電話ベルが鳴り、側に誰も居なかったこともあり、父が受話器をとりました。
偶然にも生母からの電話で、思いがけなくも二人は電話で語りました。
「順子、順子…」と、父が呼びに来て、私も生母と話して電話を切った後で、
父が「敦子は、ボッケーもん(大した女だって感じかな)だ。この世じゃ逢えんから(お互いに再婚して連れ合いが居るから)、あの世で逢おうなぁ」と言った、と言う。もう、生母の余命は限られていた頃のことです。
昨日の、仕事中は、62歳最後のミス(失敗)を書かなくっちゃ…と思ってたのに
まさか、63歳の目覚めに、縁のうすかった生母を思い出すとは思わなかったです。
そして、28歳で生母と再会した時の、生母の言葉、「生きているうちは逢わんと決めていたのに、血は汚いねぇ…」を思い出しています。
幾つになっても、私は子供だねぇ。それとも、しっかり親子ごっこが出来なかったから、私は何時までも子供なのかねぇ…。
そうそう、62歳最後の失敗は、銀行へ行くのに、出るついでに、あれとこれも済ませて来ようと用意して出掛けたとはいいが、銀行のドアを開ける寸前に、印鑑と社印を忘れてる事にハタと気づき、取りに戻りました。片道10分もかからないからいいものを…。忙しいのに、あ~あ、だったんですぅ。(笑う)
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なにはともあれ、誕生日おめでとう。
思い出したんだけど、第一回鈴鹿市民川柳大会でなぜか花束を持っていた私、その花束を持って思いつきで「今日生まれた方いませんか」と聞いた私。
皆、首を横に振りました。
「では六月生まれの人」とか何とか言って、結局浅利猪一郎さんにその花束をもらってもらったこと…
順子さんも手上げてくれてた?
そんな暇はないのに、どうでもいいことばかり思い出してるわたしです。
たかこさん、おはよう!
もう、働いているんだよね。
昨日は、父と母が、この子への誕生日プレゼントは仕事が一番と思ったのか、当日出荷の多かったこと、多かったこと。
FAXで来た営業連絡表を、都度都度、元請女子事務員と電話確認してから工場へもって行くんですが、午後からの電話は「悪いねぇ…」で始まる…、
工場では、しまいには「儲かるねぇ」「儲かってしょんないわ」が合言葉…。
冗談を言い合いながら、乗り切りましたが、疲れた、疲れた。
名古屋の孫三人からの誕生日おめでとう写メールに癒されました。
10年前、なんか、そんな事があったような???。たぶん、じゃんけんで負けたか、猪一郎さんの方が誕生日が後だったのかも???。
24日、楽しみに出掛けます。
麻衣子さん、
2年前(平成22年)は、『夜明け前』の校正をしていた頃で、麻衣子さんとのFAX往復のなかで、私が「今夜は、誕生日です」
麻衣子さんから、☆がたくさん書き込まれた「おめでとう」FAXが届いて…。懐かしく思い出してます。ありがとうございます。
週末は、うちの例会日です。まだ、私は四国へ渡ったことがないので、良い機会だったんですが、残念無念!、
楽しみは次の機会へ…です。
麻衣子さん、旅に慣れているとはいえ、気をつけてねぇ。
遅ればせながら順子さん
お誕生日おめでとうございます(^^)
ますますのご活躍をお祈り申し上げます
先輩の背中は大きいなぁと思っています
これからもどうぞよろしくお願いします m(_ _)m
めぐみさん、
8日に嬉しく読ましてもらったのに、遅くなりました。ごめんね。
そして、久し振りに、めぐみさんのお部屋に…。
めぐみさんも、6月が誕生日なんですね。すっごく遅くなったけど、おめでとうございます。
めぐみさんの部屋は、癒されますね。
6日のPM5時を過ぎてから出荷の営業連絡表が次々と届いて、7日8日の忙しかったこと。
で、ね、8日は給料の支払いも無事終わったし9日が休みだし、で美顔エステに寄り道してから帰宅しました。
大枚6300円也をはたいてリフレッシュ!しましたよ(笑)
遅くからですが、お誕生日おめでとうございます。
お母さんのことを思い出されたのは、「二十年後のわたしのコピー生母に会う」や「憎いはずの生母を捜す血の絆」などの句を詠まれたときのお気持ちが、順子さんの心の奥底にきっと残っているからなんででしょうねーー。
そして、お父さんのことも一緒に思い出されているのが、いいなぁーー。
遠くのKさん、ありがとうございます。
昨日は、豊橋番傘同人のA・Sさんが、5月16日に脳梗塞で倒れて、一時心配だったんですが、リハビリテーション病院に転院するほど快復をしたので、夫とドライブを兼ねながら見舞いに行ったりしてたら、PCを開かずじまいでした。
今日の句会の準備と作句が終わり、ちょこっと書き込み、と思い開いたら…、久し振りにコメント、嬉しかったです。
これからも、六人の母の舵取りに感謝しながら、がんばります。