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10月号の印刷屋さんとの最終校正を昨日済ませました。
で、10月号の発送準備は今夜になり、投函は明日になるかと思います。

23日は、10月号の「自由の広場」へ投稿いただいている2名の方の入力を菜穂に頼んでから、みたままつり句会へ出席しました。入力は9月号を土台にしていきます。
豊橋駅でみんなに会えて、電車が出発して間なしに、菜穂から『ふたりの「きみ」さん、良い話でしたね』とメールが届く。
とっても温かい記事でここで、披露したいと思いながらも迷っていましたが、菜穂に勇気を貰って…、

9月号の『自由の広場Ⅱ』です。

 ふたりの「きみ」さん   加藤 哲郎
 「きみさん、こんにちは」「あらあらきみさん、いらっしゃいど~ぞ」このややこしい挨拶は、実母と義母の会話である。両母親の名前が同じとは奇遇だが性格は真逆だった。昔の風習で、地区のお祭りや子どもが産まれると双方の家族が行き来して祝っていた。
 私の母親は明治四十三年一月一日生まれ、そんなおめでたい日に生まれた母親は、性格までまったりし過ぎの人だった。押し売りにお茶を出すのは序の口で、昭和二十年代の中頃は乞食(不適切用語)がよく来た。どの家も玄関に鍵を掛け、居留守を使い去って行くのを待っていたが母は違った。「おとなりに乞食が来ているよ」と言うと待っていたかのように玄関の戸を開ける。「これをこんじいさんにあげて」と乞食にさん付けし、頭まで下げて米を渡した。家族はすいとんや団子汁など代用食でなんとか食べていた時代、配給で買った大事なお米をあげるなんて、と思ったが母はそんな人だった。
 妻の母親は明治四十四年十月生まれ、老舗の和菓子屋を妹に任せ髪結いをやっていた。地域は小さな花街、芸妓さんもいてちょっとした遊里になっていた。子どもが産まれるまでは妻と両親を交えよく家族マージャンをやった。母親はどこで覚えたのか牌を切る手つきも鮮やかに「はい!リーチ」なんてもうプロ顔負け、私は歯が立たなかった。豪放磊落な性格だったが、根はとても優しく孫をこよなく愛してくれたのが嬉しかった。
 後年、私の母が入院し見舞いにいくともう声は出ず口元だけが動く。付き添う姉から「あんたの子ども達は元気」と言っているよ、と聞き涙を堪え小さくなった母の手を握ってあげたのが最後となった。義母もその一年後入院、医師の許可を頂き家に帰る時、車を取りに行こうとしたら、妻の手を振り切り私を追いかけようとした。自分が置いてきぼりになったと思ったようだ。妻から「もう頼るのはあなただけみたい」と言われ目頭が潤んだ。次の朝、呼び掛けてももう声は聞けなかった。
 亡くなったのは共に十月。「あらきみさん、もうきたの」「きみさんお久し振り、また会えたね」なんて天国での会話が聞こえて来そうだ。幼き頃同じ小学校で仲良く遊んだ二人のきみさん。彼岸ももうすぐです。お中日にはお花を持って近況でも聞きに二人の「きみ」さんのお墓にお参りして来ようと思っている。

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川柳 豊橋番傘 10月号”にコメントをどうぞ

  1. 信ちゃん on 2015年9月30日 at 5:37 AM :

    母の縁の薄い私は羨ましくも思い、感動も致しました。「母の句信ちゃん」なんて言われて 少々馬鹿にされていますが・・想像の母を「句」にしています。朝から「ホッコリ」とした話し有り難うございました!

  2. 鈴木 順子 on 2015年10月2日 at 5:42 AM :

    信ちゃん、おはようございます。
    信ちゃんも、お母さんとの縁が薄いんですか、私もそうです。
    父と母が離婚した日が何月何日かは謄本を見れば分かるんでしょうが、私の七草祝いの時にはもう母はいませんでした。
    ただ、私の家から港まで行く途中の道路の右端にコンクリートで出来たアーチになった階段があって、父と母がそこで長い事話していて、私はそのアーチの橋で遊んでいたことを覚えています。小中学校生の頃にたまに、そのアーチの橋でぼんやりしてました。
    母が下の妹をおんぶして「町に買い物に行く」と言ってバスに乗って出かけた日が、母との別れだったんですが、その時に母が叔母の店で私と妹に買ってくれたのが、グリコのキュラメル、「一粒で○○メートル」の赤い箱とアーモンドキャラメルでした。
    のちに、川柳に出会った後に、「一粒で○○メートル」は岸本水府作だったと知り、番傘がよけい大好きになりました。
    10年前の騒動の時も、「私は大阪が好きだ、番傘が好きだ」で決めました。

    母と再会したのは新大阪駅で、食事処をさがしている時に、乳母車に障害の子を乗せた親子と会いました。その時、母が「順子、あんなふうに生んだんじゃないからいいよね」と言った時には、もうびっくり! 気丈な母の「ごめんなさい」だったんですよね。
    そんな母の気丈さは、私の中に生きています。
    あ~あ、今朝はどうしたんだろう、涙が出て来た…

    今日は、基準局の調査という大仕事が1時半からあるというのに…
    突撃は28日でした。私が愛川協の役員会に初出席してて、事務所の大事な所の鍵を私が持っていて、賃金台帳とタイムカードの照合ができなかったのと、夫は正直な人だから…少しご指導を受けることになりそうです。
    安全の原点に戻る機会をいただいたと感謝して、今日も頑張って来ます。

  3. 信ちゃん on 2015年10月2日 at 7:21 AM :

    いろいろあって・・今が倖せ!・・ですよね~  山梨県川柳大会「鰹組」2名にメッタ討ちに遭いました。 豊橋番傘大会(来年)「甲州軍団・4名」馳せ参じます・・美味い酒を呑ましてください!

    • 鈴木順子 on 2015年10月3日 at 10:36 AM :

      信ちゃん、「鰹組」は、今日明日は関西方面のようですよ♪
      嬉しいなぁ、「甲州軍団・4名」様、大歓迎!大歓迎! 佳句を聞かせてください。
      「鰹組」と競って句会場を若い風で2月の寒風を吹き飛ばしてください。
      新城に蓬莱泉とか空とか美味しいお酒があるので準備しておきますね♪

  4. なごみ on 2015年10月2日 at 8:18 AM :

    おはようございます。なんか朝からうるるしてしまいました。いろいろなドラマを抱えてたんですね。でもみんな仲良く過ごせたことも、順子さんの素直な明るい性格が+になったとおもいいます。
    昔は花札やマージャンが流行ってましたよね、もちろん掛けはなしですからどの家庭でも暇のときは花札なんかしてたようです。
    グリコのキャラメル(万歳の絵)懐かしいです。
    ほろりとするお話を聞き感慨深いものが胸をあつくしました。

    • 鈴木順子 on 2015年10月3日 at 10:53 AM :

      なごみさん、昨日はひっちゃかめっちかの精神状態でしたわ(笑)
      請求書の締切は5日ですが、1つの部署の部長が月曜日は居ないとかで、2日中に出してほしいと言われる、突撃隊は13時半から来る…。
      ああ聞かれたら、こう答えようと、いくつものシュミレーションを描いて、敵(?)にかまえる準備をしてました(笑)
      いくつか是正事項をいただきましたが、元請さんの安全担当者から「○○さん(うちの会社名)で良かった(いくつかある協力業者のなかで)」と言われて、ホッとしました。
      で、昨夜は爆睡しました(*^_^*)

  5. on 2015年10月2日 at 9:17 AM :

    おはようございます。朝からとても重いお話で胸があつくなりました。
    順子さんの笑顔から、とても想像できません・・・
    順子さんのバイタリティーの源泉は、この辺りからなのでしょうか。
    私の父は酒乱、母は肺を患い入退院の繰り返し、貧しい家庭で育ちましたが。
    (小学校3年生から新聞少年、高校時代はアルバイト三昧)
    貧乏話には事欠きません???
    しかし、母(昨秋、白寿で逝きました)の愛をしっかり受けて育つことができました。感謝、感謝です。

    今日は午後から晴れてくるとのこと、一瞬一瞬を大切に、明るく・・・
    今日も良い日でありますように。

    • 鈴木順子 on 2015年10月3日 at 11:09 AM :

      繁さん、お久しぶりです。
      私の父もお酒大好き人間でした。
      愛知にきてからは、2,3日つづけて飲み明かしたりするので、酒を切るのが大変だったですが、今思うと、自分で決めた人生とはいえ、故郷が恋しかったんだろうなと思います。
      最期には好々爺になって、父の癌が分かった時に、会社設立の頃の、辞めて行った従業員に、その事を話したら、小宴を設けてくれて楽しい時を過ごしました。
      菜穂曰く、御爺ちゃんほど悪で、御爺ちゃんほど優しい人はない。
      居間に父の小さい写真を置いていて、なにくれと俎上にあがり、今でも家族を和ましてくれてます。

  6. 加藤鰹 on 2015年10月6日 at 7:04 AM :

    「鰹組」(笑)
    豊橋番傘誌届きました。楽しかった句会&飲み会がよみがえって来て嬉しかったです。ありがとうございました。

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