先週は、仕事の合間合間に6月号の編集をしていたんですが、23日に水川さんとの校正も無事に終わりました。
「案内板」「自由な広場」「あらかると」と入力、レイアウトとしていたら、「編集後記」のスペースがなくなってしまいました。仲間が増えていくって嬉しい悲鳴です。
印刷やさんへメール送信を済まし、少し心が楽になったところで
豊橋番傘の気がかりを一つずつ…、会計さんと電話、来年2月14日開催「一新豊橋番傘10年の集い」の選者さんをお願いしたい方への電話などなど、と済ましたら、頭がすっきり!
これで、28日までの鑑賞文にかかれます。
鑑賞文は心をクリアにして、夢見る夢子になって想像を膨らませられる時間なんですが、この頃は、雑念ばっかりに脳が占領されていて、心をクリアに持って行くことが難しくなってきました(笑)
22日、蒲郡教室を終え、会社に着いたら、娘が「お父さんがベトナムの子たちにクレーンと玉掛けの特別教室をしているよ」と言う。
去年の秋頃からあった元請さんの計画で、ベトナム人の溶接工を、各協力業者で育てるという…、近々来ると言っていたけど今日だったのかと思う。
しばらくして元請の副工場長が事務所に紹介も兼ねて、女性通訳の子を含む4人を連れてきてくれました。
まだ学校を卒業したばかりのような、仕事経験のないような、二十歳をすぎたばかりの少年(ではないか、でも可愛くて青年には見えなかった)たちに、自分が種子島を出て来た頃とダブり…、
思わず、夫の机に置いてある、夫と従業員とでベトナムへ指導に行った時に、ベトナム工場の人たちと撮った写真を、4人に見せてました。通訳の女性は写真の一人を指さし「工場長だ」
それから、私の手帳に挟んでいる日本地図を見せて、種子島と愛知を指さし、「私も故郷を離れて来てるから、あなたたちの寂しさはわかる、頑張るんだよ」と一人一人と握手をしました。それを横で見ていた娘が「やっと笑顔がでたわ」
3人のうちのどの子が「うちとご縁」が出来るかはわかりませんが、今週も充実した1週間になりそうです。頑張って来ます。
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