昭和38年10月1日発行の『類題別・番傘川柳一万句集』を、番傘本社に注文しても、もうないと言われ、欲しい欲しいと念じていたのが通じたのか、水川会長が「順子さんへ」とシールを付けて同人総会の日に持ってきました。昭和36年新年号(第50巻第1号)は、「二つの顔」という題で、川上三太郎氏、岸本水府氏の対談が載っているんですが、この本にも「順子さんへ」のシールが貼っていて、返さなくて私の宝物しにていいとのことでした。感謝です。
水川会長が誌友で初巻頭をとった昭和35年9月号や、8月号、10月号も持って来ていて、その中の各地句報欄に鈴木かずおさんが「和坊」という名前で載っていました。
昨夜は、先輩方の足元にも及ばないなと思いながらの読書タイムでした。今夜も続きます。
午後4時前頃に「Sが製品の間に挟まれた、本人は大丈夫と言うが顔が青ざめとる…」と。急いで工場に行くと、椅子に腰掛けてて、「大丈夫、大丈夫」。それでもと思い、裸にしてみる…ああっ、良かった。背中と胸に湿布を貼って様子を見ることに。製品を移動しようと少し吊りあげたら落ちたとか。こう暑いと、集中力が欠けてくるよなぁ…、もう仕事はやめな。気分が落ち着いたところであがってもらったけど、今夜は痛くて眠れないかも。どうか大事に至りませんように。
Loading...
















































順子さん
昼寝しすぎて眠れません。おまけに夜10時ごろ、主人の兄からどうも義母がもう本当に長くないような電話をしてきました。
何度も何度も「危篤」だと脅かされもう慣れっこになってたけど、今度ばかりは,点滴も受けつけないし、目も開けないし何も喉を通らないようです。義兄はちょっとだけでも家につれってやりたそうです。
でももう無理みたい。
95歳。
川柳やっている末っ子も、先日東京で会ったら「12月に籍を入れたらおばあちゃんに報告に行くわ」と言ってたのに、もうめちゃくちゃ可愛がってもらったから、忘れてないのね。
ごめん、順子さんも大変なときに…。危ない仕事も多いみたいですね。気をつけてあげてください。
鈴鹿の「言いたい放題」に書くつもりが、ここへ先に書かせていただきました。寝ます。おやすみなさい。
たかこさん、その後、お姑さんの具合はどうですか?
私の血筋に90歳以上の長生きの人はいないから、95年生きるにはいろんな事があって乗り越えられてきたと思うから、ただただ尊敬の女性だわ。もしこの世を卒業されていたら、お花を1本いただきたいくらいです。たかこさん、押し花にしてね。
昨日は、喧嘩!この暑さのせいかねぇ、もうやってられんよ。
退社のタイムカードを押しに来たHが「SとMが喧嘩しとる、止めにいってくれ」その後から来る数人が「ほっとけほっとけ」珍しく退社時間までいた夫が「ほつとけ」。私は止めに行くに行けなくなって。そうしてるうちに、外のほうで「ああいかん」と走り出す人が、で、私が走っていくと、他所の下請けの会社の連中もみてるじゃない、一変に腹が立って、間に入って行き「二人のどっちが良い悪いは別だ。ここでこれ以上やるなら二人とも辞めてもらう」甥っ子も走ってきて、なんとか納めたけど…。職人ばっかりの男世界だから1年に1回くらいはあるんだけどね。番頭さんも、夫もいるのに、何か分からんけど、いつも止めに入るのは私だわ。完司先輩はニワミスで終ったみたいだったけど…。これも、生きてるってことかな。お盆休みまで後1週間、今日も頑張ってきます!
順子さん
ありがとう。結局「言いたい放題」にも書き込んでないんだけど、ちょっとお笑い種かも。
主人のすぐ上の兄が、久しぶりに見舞ったらあまりの衰弱振りにうろたえたみたいで、うちに電話をしてきたの。
昨日主人は朝から義母のところへ出かけ、私も午前の仕事が終わって駆けつけようと
思ったら、途中主人の帰ってくるところとすれ違ったので、Uターン。様子を聞くとあまり変わりはなかったと言う。
拍子抜けはもうこれで何度目?でもよかった、ほっとしたらおなかがすいていっぱい食べて午後からの仕事へ。
というわけで、人騒がせでごめんなさい。
喧嘩
順子さんが入らないと治まらないのね。仲裁に入って言う台詞が板についてるね。肝が据わってる。だからご主人は安心されてるんだ。
いずれにしてもお疲れ様。
私も今から義母を見舞ってきます。